中島大輔『山本由伸 常識を変える投球術』感想

DiaryC0275,書籍感想

中島大輔『山本由伸 常識を変える投球術』(新潮新書)

https://www.shinchosha.co.jp/book/610985/

読み始め:2023/8/13  読み終わり:2023/8/14

あらすじ・概要
肘は曲げない、筋トレはしない、得意球のスライダーは自ら封印――。いまや日本球界最高の投手に登り詰めた山本由伸は、あらゆる面で「規格外れ」である。そもそも身長178センチ、体重80キロとプロとしては肉体的に恵まれていない山本が、どうしてここまでの成長を遂げたのか。ブリッジややり投げを取り入れたトレーニングの理由や独特の思考法、そして目指す未来まで、野球に精通したライターが徹底解読する。

読んだきっかけ
びんたニキ(大滝瓶太)がおすすめしていて気になったので。

コメント・感想
 びんたニキの言わんとすることがよくわかった。本書自体も面白く読めた。私はプロ野球に関しては全くの無知で、この本の主役である山本由伸すら知らないほどだったのだが、本書を読んでその凄さがわかった。普段読まないようなものを読むのは楽しい。プロ野球の世界の厳しさが伝わってきて面白く、完全に小説の世界と似ているなと感じたのは自分でも意外だった。なんか一見さんお断りなレジェンドな整骨院の先生がいて、その人の教えに従うと自分の身体で確かに手応えは感じているんだけど、周囲からは何やってるかわかんないから「やめとけ」と反対される、とか、そういうの球界だとやっぱあるんだ! みたいな謎の興奮がある。あと、その整骨院の普段は開放されていない二階のスペースでオフシーズンの選手たちがストレッチをしている、みたいな、そういうのも突然日常が非日常に接続した感じがあってわくわくする。これ、しかも鶴橋の話なんである。行ったことある場所で密かにそんなことが行われてたんだ! となんか嬉しくなる。
 まず高校野球の時点で151km/h投げていたというのも驚きなのだが、山本はこのままの投球フォームだと野球を続けられなくなると悟ってしまう。そこからがすごい。どうすれば長期的にプロで活躍できるのか考えて、運命の出会いもあり前述の整骨院院長が提唱する独自のトレーニングで身体を改造していく。この精緻なコントロールが必要な作業を機械的に(しかし機械になりすぎず)毎日続けられるというのがすごい。投球フォームというのは小説で言うとやはり「読む」ことになるのだろう。「書く」ことでもいいけど。毎日正しい仕方で続けていくのが大事で、その中で頭を使って考えながら調整を入れていく、ということ。これは理解はできても実践がめちゃくちゃ難しいぞ、と思う。小説にも、アスリートの身体を調整してくれる整骨院のような場所があればいいのに……。残念なことに、野球の世界と同じように小説の世界にも暗黙知が多くて、だから「小説の書き方」を作家が書こうとしてもどうしてもテクニック面での表面的な言及にとどまってしまう。本当に大切なのは、朝起きてその作家が何を考えていて、何を考えながらいつどのように執筆に向かって、どのようにその結果を受け止めて、どのように食事をとって、どのように生活をして、といった部分で、だけどそんなの書いていてもキリがないし肝心な部分が消えてしまうから、うまく伝えることができない。ピンと来たものを信じるしかなく、それをどれだけ精緻に血肉へと変換できているのかという信仰バトルであるとも言えるかもしれない。それで思い出したのが、本書のなかで、筒香が小学生から「まず朝起きてどんなトレーニングをしますか」と聞かれて「まず立ってみて、その日の立ち方や重心を調べる」という回答をするシーンだ。子どもたちはフフフフと笑うが、なんて大切なことがさらっと書いてあるんだ! と感動した。これは私も取り入れようと思った。
 長期的にという視点を取り入れるまでもなく私は圧倒的に読書量が足りていなくて、それでいま考えているのはとりあえず柴田元幸・高橋源一郎『柴田さんと高橋さんの小説の読み方、書き方、訳し方』に掲載されていた二人のおすすめする本(海外文学/国内文学)を片っ端から読んでみることだ。特に、海外文学から読むのが良いだろうなと考えている。理由としては自分が今そちらの方に興味を持っているということと、外国語に訳されるくらいなのだからすごいのだろうという期待があるからだ。どうかしたら、海外文学のほうが日本の作品より読みやすいように思えて、どういうことなのか分からないが、文体が「翻訳されたもの」のほうが馴染むのかもなと感じている(これはおそらく変わっていくものだろうとは思うけど)。このリストは冊数が多く、しかもほとんど未読なので数年がかりだなと感じる。計画を立てて地道に読んでいければと思う。あと、詩集や歌集・句集も読んでいきたい。どう書いていくか、つまり今は「とりあえず目についた公募にはすべて出す」という方針をとっているけど、今後長編を書けるようになりたい身としてはどうやって執筆計画を立てていくか、公募との兼ね合いをどうしていくか、ということも考えなければならない。今は、プロデビューできるのは漠然と3年後だろうと考えているが、それを逆算してできるようになっておきたいことを潰していく感じだろうか。あとは、可能な限り毎日歩かなければと思った。できるだけTwitterも見ないほうが良さそうだ。取り急ぎ、神社に行って「プロになっても長期的に活躍できる小説家になる」と絵馬を掲げてきた。天気雨が降っていた。

良かった文・シーン
・「1年目のオフシーズンに筒香さんと自主トレを一緒にやらせてもらって、自分で言うのもあれですけど結構頑張って。じつはあの練習も、柔らかさを求めたわけではないんですよ。柔らかさに見えて、強さと言うか。例えばブリッジの練習も、あの映像を見た人は『身体が柔らかいね』ってみんな、絶対言うんですよね。でも本当に鍛えているのは柔らかさじゃなくて、強さを鍛えているんです」(p.36、山本由伸のインタビューから)
・「今日は何を投げても打たれてしまう、というときもある。その一方で今日は何を投げても打たれないと、自信を持って投げられる日もある。そうしたふたつの日があるのは、自分でもなぜだかわからない。いずれにせよ、野球は何年やってもわからないものだ。だからこそ僕は野球を続けている」(p.129、ドミニカの選手フェルナンド・ロドニーの言)