とり、の、しんわ、を、つたえ、ます

2023-09-26Works,公募カモガワ奇想,公募,小説

 楽園に放たれるのは、罪を犯した者らしい。「星」に上陸する者は記憶を消去される取り決めなので、わたしは自身の罪を覚えていない。手元にあるのは小さなノートと筆記具で、始めのページには、自分宛の覚書が簡潔に記されていた。
「わたしは汚染区域に派遣された調査員である。衛星&が汚染区域を七巡したのち、ポイントεへ帰還のための船が着陸予定。わたしはインデックスJY-053からKH-090の調査項目を担当する。今回、この区域には、わたしのほかに調査員はいない」
 紫の空に衛星&が輝いている。五巡とちょうど半分が経過した。この星全体を覆い尽くす肥大した植物たちにも順応してきたところだ。原始的な形の黄色い花々が連なって天を突き刺し、そこに太い粘性の青色の蔦がねじれながら絡まっている。視界を大きく遮る黄土色の木々は頭上でわさわさと尖った赤い葉を揺らし、地面に繁茂する苔はほんのりと光を放つ。わたしの背丈ほどの草花は強烈な芳香で進路を妨害してくる。じんわりと暑い。しかし不思議と不快感はない。
 この星に存在する高等動物は鳥類のみである。その他に見られるのはその餌となる小さな昆虫や微生物ばかりで、鳥類こそがこの星の生態系の頂点に君臨する唯一の種なのであった。こうしている間にも鳥たちが、わたしが森を進むのをじっと見下ろしているのがわかる。この星の鳥たちはとても静かだ。何度も遭遇しているが、わたしの姿を認めるとさっと逃げていく。鳴いているのを聞いたことがない。調査目標には鳥の確保も含まれているが、罠を仕掛けてもまず引っ掛からない。非常に賢いのだ。ただじっとわたしを遠巻きに観察する、目、目、目。そして静かな羽ばたきの音。この星にとって明らかに異質なわたしを品定めしているのだろう。ここへ来てからは、何度も不気味な夜(と便宜上呼ぶ)を過ごすこととなった。
 わたしが慣れ親しんだ調査ポイントを離れ、こうして森の奥へ奥へと進んでいるのは、耳慣れない音を聞いたからだ。時たま吹きすさぶ風以外に音を立てるものがないこの静かな世界で、初めて甲高い音を聞いた。それはしばらく断続的に鳴り響いて、森林中にこだました。鳥の鳴き声、だと判断した。前述の通り、この星で鳥の鳴き声を聞くのは初めてである。調査員としての仕事を全うすれば良いことがあったという気がする。そこも記憶が抜け落ちているのだが、良いことがあるはずだという希望は心の中にはっきりとあって、わたしが現時点で行動の指針とできるものはそれくらいしか残されていなかった。
 開けた場所に出た。木々が何かを避けるように生えており、円形の広場が形成されている。静かだった。風はなく、先程の音の主らしき鳥も見当たらない。しかし、植物たちが犇めき合うこの星で不自然にできたこの広場、これはこれで珍しい。わたしは記録を取るために円の中央へと歩を進めた。そのときだった。
 ピュイィイィイィイィイィイィイィ……。
 先程の音だった。続いて、バサバサと風を切る音。多い! 全方位から聞こえる。羽音は明らかに近づいてきている。どれだけ試みても接近を許さなかった鳥たちが自らこちらへやって来るのだ。何か異常なことが起こっていることだけは理解できるが、どう行動すべきかまでは判断しきれなかった。
 やがて、わたしは鳥たちに囲まれたことに気がついた。いたるところに鳥、鳥、鳥。色鮮やかな、様々な種の鳥たち。空を翔けるもの、地を駆けるもの、大きなもの、小さなもの、赤いもの、白いもの、青いもの、鳥、鳥、鳥たちがやってきた。わたしは大量の視線に晒され、身動きが取れなくなってしまった。鳥たちに攻撃的な意思は感じられないが、明らかにわたしの姿を認めている。鳥たちが息を吸った。

 大地が震えた。すべての鳥たちが一斉に鳴き始めた。視界に色とりどりの図形が咲き乱れる。音が色となり、形となり、動きとなってダイレクトに伝わってくる。やがて鳥たちの合唱は規則的になり始め、わたしの目の前に何かが顕現しようとしていた。それはぶるぶると震え、現れては消え、消えては現れを繰り返している。鳥たちの歌が勢いを増す。音の波がわっと押し寄せてきて、わたしは足を取られまいと必死に耳をふさぐほかない。しかし、目の前にいるこの「何か」の正体だけは見極めなければならないと感じた。本能がそう叫んでいた。「何か」は少しずつ形を取り始めた。わたしの知るもののなかでは、それは「お化け」に似ていた。ゆらゆらと形が安定せず、しゅわしゅわと終始弾けていて、それでいて濃厚な気配をまとっていた。「何か」は明らかに、わたしに何かを伝えようとしていた。
『こ、こ、こ、こ、こにちわ』
 音の波のパターンが絶えず変化して、その「何か」はわたしに語りかけはじめた。
『こ、こ、こ、こ、こ、こんにちは、あー、あー、あなた、を、まって、いました』
 わたしは目の前の光景が信じられずただ立ちすくむことしかできない。鳥たちは合唱をやめない。黒い鳥、緑の鳥、茶色い鳥、中くらいの鳥、丸い鳥、鋭い鳥、夥しい数の鳥たちが集まって、その合唱によってつくられた波が「何か」を起動している。
『あ、あ、あ、あい、あ、あ、あ、I am a ……あ、あ、あ、なまえ、は、ありま、せん』
『あい、I、あい、は、おと、おと、です、あなた、と、おはなし、したい』
『I、は、おと、の、せいめい、たい、です』
 わたしは一歩だけ「何か」に近づいた。なぜ、理解ができるのかわからない。これは、音ではない。わたしは混乱している。言語、というほかない何かが、「何か」から発されている。そして、その「何か」は、鳥たちの歌声によって、立ち上げられている。鳥たちの鳴き声が、その響き合うパターンが、「何か」を起動している。「何か」は、広場を瞬間移動した。鳥の声の響き合う場所に、「何か」が出没した。「何か」がわたしの元へ戻ってきて、再びそれは語り始めた。
『と、と、と、とり、の、しんわ、を、つたえ、ます』
『とり、の、しんわ、を、つたえ、ます、とり、の、ほし、この、ほし、は、とり、の、ほし、です』
『しかし、さいしょ、は、とり、の、ほし、では、ありま、せん、でした』
 木々に止まった鳥たちの一部がバサバサとこちらへ近づいてきた。そして、再びクチバシを大きく開けて鳴き始める。騒がしさ、は不思議と感じなかった。わたしの視界を覆い尽くすほどの、今までどこに隠れていたのかすらわからない鳥たちの歌声は、重厚なハーモニーとなって、あたかも交響曲を奏でているかのような、複雑な構成を有していた。その合唱には展開があった。そして、そのなめらかな動きに合わせて「何か」はわたしに語りかけ続けた。
『さいしょ、は、わ、わ、わたし、わたし、たち、は、とり、では、ありま、せん、でした』
『わたし、たち、は、ながい、あいだ、へいわ、に、くらし、て、ました』
『わたし、たち、は、ひじょう、に、こうど、な、ぶんめい、を、きずいて、いた、と、つたえ、られて、います』
『わたし、たち、は、へいわ、を、あい、し、はんえい、して、ました』
 脳に直接理解が流れ込んでくる。共感覚のようなものなのだろうか、先程からそこら中が光り輝いて見えるのは。わたしの周囲は気絶しそうなほどに鮮やかで、脳のフィルターを二、三取り除いたかのような、「源」となるものをそのまま見せられているような、そして聴覚もますます敏感になり始め、わたしの耳の中で音が再構成され、それが脳で再びミックスされるその感覚が非常に心地よく、呼吸が自然と深くなるのを感じている。わたしは既にこの「何か」の言うことを最後まで聞き通さなければと感じている。
『わたし、たち、は、ある、ひ、こうげき、を、うけ、ました』
『わたし、たち、は、せんそう、を、はじめ、ました』
『わたし、たち、は、かって、いました』
『しかし、てき、は、ひじょう、にも、わたし、たち、の、ほし、に、あくま、の、へいき、を、おくり、こんだ、の、です』
『あくま、の、へいき、あくま、の、へいき、です、それ、は、あらゆる、いきもの、たちを、とり、に、かえて、しまう』
『さいしょ、は、みな、にわとり、でした、てき、の、ほし、の、せいめい、である、とり、という、もの、の、なかで、とくに、しょくよう、と、されて、いる、もの、だ、そう、です』
『とり、に、した、あと、は、てき、の、ほし、の、もんだい、であった、しょくりょう、なん、を、かいけつ、するため、おおく、の、わたし、たち、が、とらえ、られ、ました』
『わたし、たち、は、にげ、まわり、ました、にげ、おくれた、もの、から、てき、の、ほし、に、おくられて、いき、ました』
 わたしはこの星の知識どころか、出身惑星自体の情報にも乏しい。記憶はすべて消去されている。だから、この「何か」が話す内容の真偽を判断する基準をわたしは持たない。
 鳥たちが一瞬静まり返った。その瞬間「何か」は消え失せ、目の前を支配していた鮮やかな風景は霧散した。しかしそれは本当に一瞬のことで、わたしが我に返る間もなく次の楽章が始まった。黒くて小粒の鳥から、ヒョロヒョロとした細長い音がやってきて、それに呼応して、大きな瑠璃色の鳥がタッタッタッと小刻みに甲高く鳴いた。いつの間にか「何か」が再び顕現していて、身体は透き通っていてゆらゆらとわたしの前を浮遊している。
『わたし、たち、が、どの、ように、とり、に、なった、のか、おはなし、します』
『それ、は、おと、でした、はじめ、に、あくま、の、うた、が、なって、おと、を、きいた、もの、から、みるみる、うちに、とり、に、すがた、を、かえ、はじめた、の、です』
『あくま、の、おと、は、ほし、じゅう、に、なり、ひびき、ました』
『わたし、たち、は、もと、の、すがた、を、うしない、すべて、すべて、すべて、とり、に、なり、ました』
『とり、すべて、にわとり、すべて』
 トットットッ、と広場に出るものがあった。白い身体に立派な脚、頭には赤い冠のようなものがついている。その鳥が鳴いた。独特なリズムを持っていた。
『これ、が、にわとり、です』
『わたし、たち、は、みな、にわとり、でした』
『しかし、いま、は、にわとり、では、ない、もの、が、ほとんど、です』
『わたし、たち、は、しこう、さくご、して、たよう、せい、を、かくとく、しました』
 わたしは周囲を見回す。多種多様な鳥たち。あまりにも不自然な多様性を。数少ない知識として与えられた、生息地ごとに見られる異なる特徴について。明らかに、この星の植生に合わないはずの鳥たちの姿がここにはある。そして見たこともないような姿の鳥たちも。寒気がした。
『わたし、たち、は、あくま、の、うた、で、にわとり、に、かえられ、て、しまい、ました』
『つまり、おと、は、たましい、の、かたち、を、かえる、こうか、が、ある、という、こと、です』
『うた、で、すがた、が、かわって、しまう、の、なら、わたし、たち、は、みずから、の、うた、で、すがた、を、かえる、こと、も、できる、はず、です』
 鳥たちの合唱のボリュームが膨れ上がる。ポリフォニーと呼ぶには音が多すぎる。わたしはこの音楽を名付けるだけの知恵を持ちえない。
『しかし、まだ、とり、いがい、は、せいこう、して、いま、せん』
『それより、さきに、わたし、わたし、たち、が、たんじょう、しま、した』
『わたし、たち、は、とり、が、うたう、あいだ、だけ、そんざい、する、せいめい、たい、です、わたし、たち、は、とり、たち、そのもの、で、あり、そして、とり、たち、の、なか、に、きょうせい、して、います』
『てき、の、ほし、の、ぶんめい、れべる、を、かんが、える、と、いきもの、を、とり、に、かえる、ぎじゅつ、は、ぐうぜん、できた、もの、である、と、かんが、えられ、ます』
『てき、の、ほし、の、ぎじゅつ、では、まだ、わたし、たち、を、かいめい、する、こと、は、ふかのう、でしょう』
 鳥たちが集まってきた。なんだか、視界が霞んでいる。鳥たちが重なっているように見えるのだ。合唱は続いている。鳥たちのつくる音の波がうねって、鳥そのものになって、そうでないものになって、広場中を駆け巡って、空へと発散していく。葉一枚一枚がぶるぶると震えて、森林中に音が反響する。酔いそうだ。わたしは自身の身体が不思議なリズムで振動しているのを感じ取った。身体が、ではない、細胞一つ一つがうねうねと蠢いているような気がする。全身を目眩が覆い尽くし、鳥肌が立ったかと思えば身体中が火照って、快感が背骨を一気に貫いた。そして、「何か」は、不思議なステップを踏みながら、まだ話を続けている。内側から何かがやってくる。鳥たちの声は一層盛り上がった。
『わたし、たち、は、あらそい、を、もとめ、ません』
『しかし、どうし、ても、わたし、たち、には、おさえ、られま、せん』
『ほんのう、の、ような、もの、でしょう、わたし、たち、は、つみ、を、おかし、ます』
『わたし、たち、は、てき、の、ほし、あなた、の、ほし、を、ゆるす、こと、が、でき、ない』
『とり、と、して、いきる、こと、は、けっして、わるい、こと、では、あり、ません』
『とり、に、なって、はじめて、とり、の、せいめい、の、すばら、しさ、が、み、に、しみ、て、わかる、よう、に、なりま、した』
『とり、に、なる、こと、は、だから、けっして、わるい、こと、では、ない、の、です』
『どうし、ても、わたし、たち、は、あなた、の、ほし、への、にくしみ、を、けす、こと、が、でき、ない』
『あなた、は、あくま、に、なる、の、です』
『わたし、たち、は、あなた、を、あくま、に、する、ほうほう、を、こころ、えて、います』
『そして、それ、は、もう、おわって、いる、の、です』
 わたしの身体はばくはつした。
 
 気がつくと、わたしは真っ暗な広場に横たわっていた。あたりはしんと静まり返っている。
 あれは夢だったのだろうか。いや、そもそも、あれ、とは一体何だったか。
 この星での生活の癖として、目を覚ましたら衛星&を真っ先に探す。どれほど時間が経ったのか分からない。しかし、空に衛星&とはまた違った光が見えた。高速で移動している。それで、今が七巡目なのだとわかった。慌てて飛び起きる。ポイントεにたどり着かなくては。広場を後にする。鳥たちの姿がないかと振り返ったが、その姿はどこにも見えなかった。
 故郷の星へと帰還する宇宙船がやってきて、わたしは回収された。精密検査にかけられ、やがて船内に解放される。帰還にはもうしばらくかかるらしい。なぜだか、とっても身体が軽い。歌でも歌いだしたい気分だ。わたしの星にたどり着いたら、故郷の空気をいっぱい吸って、それからめいいっぱい歌を歌おう。帰還したら、良いことがあるらしい。過去の罪がさっぱり消えるらしい。確かなことはわからないが、そんな、あかるい、よかん、が、した。