星を胸に抱け

Works公募,古賀コン,小説

 この日、アメリカの空はからっと遠く透き通っていた。ハクトウワシの幼鳥たちは、羽を震わせ待ちわびていた。今日はこの雛たちにとって特別な一日である。入学式。入学式! なんと甘美な響きだろうか。若きハクトウワシたちは皆一様に胸を張り、この日を迎える栄誉をパパやママに称えられながら、あらゆる方角から飛んでくる。ここからも、あそこからも、皆目を輝かせ、やってくる。
 場所は、ワシントンのどこかということだけお伝えしておこう。それは、ハクトウワシたちの伝統的な秘密である。ハクトウワシは生後三ヶ月を迎えると、皆この学校に入学する。ワシントンワシ成長アカデミー(Washington Eagle Growth Academy、通称WEGA)だ。WEGAではまず、やってきた巣立ち雛たちの足に朱肉を踏ませる。ハクトウワシたちは足型を上質なマット紙にStamp…し、それが入学許可証になる。次々と足型がStampされ、雛たちは「入学おめでとう!」と先輩ワシたちに声をかけられながらアカデミーまでの大通りを飛んでゆく。
 正午になって、入学式が開催されたようだ。今年集まったハクトウワシは総勢三千羽。羽ばたきの音だけで大講堂が震えるほどだった。新入生たちはさっそく周囲と打ち解け始め、将来どんなハクトウワシになりたいか語り合っている。皆、きらきらと、輝いている。
「静粛に!」
 バッ!
 一斉に羽ばたきの音が止んだ。壇上に姿を現したのは、ハクトウワシの中のハクトウワシ、王の中の王、そう、Great Seal of the United States……アメリカ合衆国国章担当のハクトウワシである。
「清々しい、まさにアメリカの大地にふさわしい一日だ! 諸君の入学を歓迎する! 以上!」
 あまりに爽やかな校長式辞に、新入生のなかにはうっとりと気絶するワシたちも現れる事態となった。なんていったって、アメリカ合衆国の国章だ。DIGNITYが違う。
 続いて新入生挨拶が始まった。ハクトウワシのデュークは緊張していた。デュークの父は大統領府の紋章に採用され、母は由緒ある教会のステンドグラスを担当していた。つまりエリート中のエリートなのだが、デューク本人も至って溌溂とした性格で周囲から好かれており、新入生代表に選ばれるのもさもありなんだった。デュークは緊張した面持ちで壇上に上がると、一礼してまだ綿毛の残る羽根をバサリと広げた。
「新緑が日にあざやかに映る季節となるなか、僕たちは今日、このワシントンワシ成長アカデミーの門をくぐりました。真新しい夏毛を身にまとい、これからの学園生活への期待や希望に胸を膨らませております。僕たち新入生一同は、他の鳥が獲った魚を横取りするような卑怯な真似はしないことを誓います。また、僕たち新入生一同は、自分より小さな鳥の攻撃から逃げることもしないと誓います。僕たち新入生一同は、ワシントンワシ成長アカデミーの生徒としての自覚、誇りを持ち、家族や先生がた、そして今日までワシントンワシ成長アカデミーの歴史と伝統を築き、守ってこられた先輩方に恥じることのないよう、自立した学園生活を送れるよう心がけていきます」
 デュークはいつもの癖で羽根をぶるぶると震わせた。あっと思ったが、大講堂の端に並んだ先生らの表情は満足げで、デュークはほっと胸をなでおろす。
「それでは、歓迎の儀に移ります」
 すらりと背の高いハクトウワシがアナウンスすると、壇上には13本のオリーブの枝と13本の矢が運ばれてきた。デュークの緊張は極限まで高まった。今からこの枝と矢を、一本残さずひといきに掴まなければならない。まだまだ生まれて三ヶ月のハクトウワシにはなかなか難しい儀式だった。
 デュークは前に進み出て、右足でオリーブの枝を掴んだ。さわっとした感触があって、枝はなんとか右足の中へ収まった。次が難しい。デュークはオリーブの枝を掴んだまま、左足で13本の矢を握りしめた。矢は枝より細い。デュークはつい、ぎゅっと力を込めた。
 ボキッ!
 矢が折れた。会場がどよめく。デュークの顔がさっと青ざめた。
「いやはや! 今年の新入生はパワーがあるようだ!」
 そこへ救いの手を差し伸べたのはもちろん学校長! 校長はハッハッハッと笑いながら朗らかに、「期待の新入生だな! きっと活躍するぞ!」とデュークを称えた。それで空気がIPPEN、会場は熱狂に包まれた。ピューイ! と口笛を吹く者、バッサバッサと羽を広げて喝采する者、入学式という催しが果たしてかつてこれほどまで盛り上がったことがあろうかというほどの大盛り上がりっぷり。
 最後はもちろんアメリカ合衆国国歌を歌って散会となる。デュークはさっそく興奮した新入生たちに囲まれている。デュークはでへへと年相応の笑みを零す……。
 
 それが三年前だ。今やあの頃の幼鳥たちは立派なハクトウワシに成長した。まさしく国を背負える逸材たちだ。最後に彼らの就職先を列挙しておこう。25セント硬貨、50セント硬貨、金貨、銀貨、切手、教会のステンドグラス、上智大学への留学、大正製薬へのインターン、大統領府、警備会社、パスポート、ウォーグル(ポケモン)、AMERICAN EAGLE OUTFITTERS(アパレル)、アメリカ陸軍第101空挺師団の師団章、MLB・ワシントン・ナショナルズのマスコットキャラクター等々……彼らは今日も、その翼を広げ凛々しく、そして優しくアメリカ合衆国を見守っているのだった。