白鷺憑姫

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 あなたは最近同じ夢ばかり見ています。舞台はこの屋敷のようです。白無垢の花嫁の姿は悍ましいほど美しく、血の気の引いた白いかんばせはまるで人形のよう。雪の小径に川が流れるように、純白の着物に緑青色の帯が映え、なんとも艶やかに見えました。花嫁がずっずっと進みゆく先には、一羽の立派な白鷺が待ち構えておりました。白鷺からは眩い後光が差しております。白鷺の目元は緑青色で彩られ、一点の曇りもない雪白の羽は厳かに折りたたまれておりました。白鷺は花嫁をじっと眺め、凛とその場に佇んでおります。これからこの花嫁は、この鳥と婚姻の儀を執り行うのです。花嫁が畳を渡り終え、白鷺の前にたどり着きました。花嫁と白鷺は互いに目を合わせました。花嫁は居住まいを正し、白鷺に微笑みかけると深々とお辞儀をしました。その時でした。突然、この家の長が白鷺に斬り掛かったのです。唖然とする花嫁の前で白鷺はあっけなく、首をぽっきり折って死にました。家長は、死んだ白鷺の腹を掻っ捌くと、仄かに輝く玉を取り出しました。そして、それを高々と手に持って掲げました。満面の笑みを浮かべ何かを叫ぶ家長から、花嫁は咄嗟に刀を取り上げました。それからはあっという間でした。花嫁は、それを緑青色の帯の上から深々と自分の腹に突き立てると、真っ直ぐと帯ごと腹を裂き、白鷺に被さり果てたのでした。
 あなたは目を覚ましました。狭く薄暗い、いつもの部屋でした。月が明るい夜でした。雑然と敷かれた布団からあなたは上体を起こします。下腹部に違和感を覚えました。恐る恐る股に手をやると、じんわりと濡れています。見ると股から緑青色の血が流れ出ているのでした。この家の誰もあなたに教えてくれないでしょうけれど、それは月経というものでした。あなたは下腹部を押さえ、呻きながら立ち上がりました。あなたの脚は白鷺の脚です。ごつごつとして、立派な鉤爪のついた墨色の脚です。だから家の者はあなたを離れに追いやりました。でもどうか安心してほしいのです。それは、あなたの初経のためにお赤飯を炊こうなんて人が、この家にはいないということでもあるのですから。
 あなたの家は、裕福な米農家です。ある日、家の者が田んぼにやってきた白鷺を殺して食べてしまいました。目元が緑青色の、美しい白鷺でした。これは婚姻色と呼ばれるもので、初夏の時期、白鷺たちは番う相手を探すため、この色で己を彩るのでした。白鷺を殺した次の日、別の立派な白鷺が来て云うのです。あなたはわたしの妻を殺した。この悲しみを償うため、この家の者を新たな妻に呉れないか。白鷺は、あたり一帯の米の神だったのでした。家長はそれを承諾し、家長の末娘が白鷺の嫁にやられました。しかし、それからのことはあなたが夢に見た通りです。それ以来、このあたりはとんと米がとれなくなりました。あなたの家だけは別です。あなたの家は、毎年毎年恐ろしいほどの豊作となりました。しかし同時に、一族からは鳥のような異形の者が生まれるようにもなりました。あなたはそうして生まれ、白鷺憑きと呼ばれて忌み嫌われています。あなたは生みの母の腹を、生まれるその時にその脚で掻っ捌きました。それからあなたは、ずっと一人で生きてきました。
 あなたの一族に、ただの一人として善人がいないことは、あなたにとって幸福なことです。あなたは、母屋へ向かいました。真夜中で、あたりはしんと静まり返っています。月だけが冷たく煌々と輝いて、あなたの行く路を照らしました。かつかつかつ、とあなたは奥の間へ辿り着きます。鍵の在処をなぜだかあなたは知っていました。観音開きの扉を開くと、奥には玉と刀が祀ってあります。玉は羅紗の小さな座布団に安置されていて、刀はべたべたと隙間なく御札が貼られていました。あなたは御札をびりびりと破き去りました。そして抜刀すると、玉を一突きしました。玉は悲鳴のような音をあげ、真っ二つに砕けてしまいました。あなたは奥の間から去っていきます。目指したのは家長の寝室でした。物音に目を覚ました家長でしたが、あなたの方が疾かった。あなたは鉤爪で家長の頭を押さえつけ、首に一筋の線を引きました。あっけないものでした。あなたは振り返りません。股からはまだ血がつうと垂れています。あなたはそれを掬い取って、両目の下にすっと線を引きました。緑青色の血化粧で彩られたかんばせは、今までのどんなあなたより美しいものでした。あなたは寝室を去っていきます。ぽた、ぽたと緑青色の血を垂らしながら、あなたは長い廊下を進みました。あなたは人の臭いにつられ、順々に部屋へと忍び込んでゆきます。田んぼは月の光を反射し、燃えるように若苗をしならせました。田んぼの中にはぽつぽつと白い影が見えました。白鷺たちが、あなたの屋敷をじっと見つめているのでした。私はようやく安らいでいます。あなたなら、きっと果たしてくれるでしょう。