がまぐちぎょろめのグラム・スピナー

Works,公募BFC5,小説

          一
 タチヨタカ(Nyctibius griseus)は、メキシコ南部からパラグアイにかけての中南米に生息する鳥類である。枝に垂直に立って止まることからタチヨタカと呼ばれている。夜行性で昼には目を閉じて身体を引き絞り、枝に擬態する。がま口のような扁平な嘴を持ち、その大きな口を開けたまま滑空し、飛び込んでくる昆虫を掬い上げるように捕食する。大きな黄色い目玉には小さな黒目がついており、ぎょろりとしたその眼力に、地域住民の間では奇異な見た目を持つ怪鳥として定期的に話題となっている。
 
          二
 ある日タチヨタカが虫を採餌していると、一人のホモ・サピエンス(Homo sapiens)がやってきて、その様子をスケッチし始めた。タチヨタカはその後も虫を獲り続けたが、とうとう我慢ならなくなってホモ・サピエンスに尋ねた。
「一体そんなに熱心に私の何を描いているのか」
 ホモ・サピエンスはこう答えた。
「いやあ、あまりにも興味深い外見なものでついスケッチが捗ってしまった。私はアニメーターになるのが夢なものでね」
 タチヨタカは、そのようなことを言われたことは初めてだったので、それが一体どういう意味を持つ言葉なのか分からなかった。
「それなら気が済むまで見ていればいいさ」
 そうして、タチヨタカが行く先々にそのホモ・サピエンスは現れるようになった。あるときは、闇夜に紛れてギョロリと目玉をかっぴらく様子を、またあるときは木立に紛れて枝と化す様子を、そのホモ・サピエンスは飽きることなくスケッチした。
「ちょっと見てご覧」
 ホモ・サピエンスが呼ぶのでタチヨタカは近くまで降りていった。ホモ・サピエンスはスケッチの片隅をぱらぱらとめくり、タチヨタカが滑空して虫を捕まえる様子をコマ送りにして再生した。
「ここにも仲間がいたのか」
 タチヨタカはあまりの完成度の高さに、この白く不思議な画面、その先にも自分の同胞がいるに違いないと考え驚いた。
 
           三
 ある日を境に、そのホモ・サピエンスは来なくなった。タチヨタカはあの白い森の中で採餌する同胞の姿が忘れられなかった。それで、次に出会った人間にその居場所を聞こうと考えた。ホモ・サピエンスを見つけ声をかけようとした瞬間に、タチヨタカたちは乱獲された。タチヨタカをモデルとしたカートゥーンアニメ『がまぐちぎょろめのグラム・スピナー』が大ヒットしたのである。人々はタチヨタカの奇妙な見た目に惹かれ、そんな動物が実在するのであればぜひ見たいものだと考えた。密猟が始まり、多くのタチヨタカたちが捕獲されていった。動く姿を願われたのは不幸中の幸いで、多くのタチヨタカたちは生きたままアメリカへ入国した。そこでタチヨタカたちは、奇妙な四角い箱のなかに同胞がいきいきと活躍するさまを目の当たりにする。タチヨタカのグラム・スピナーは、いつもドジばかりで何をやるにも大失敗だが、最後には必ず機転を利かせ難問を解決するのであった。タチヨタカたちは、家主よりも真剣に、垂れ流しになったカートゥーンアニメを凝視した。そして、彼と自身の違いとは一体何であるかについて考え始めた。
 
           四
 飼い主たちはしばしば、滑空の採餌を鑑賞するため虫だらけの専用部屋へタチヨタカを解き放つことがあった。タチヨタカを手に入れたのは富豪ばかりで、部屋はガラス張りになっていて、活きのいい虫ばかりが投入され、タチヨタカには天国のような環境だった。ガラス張りになった部屋の奥にはテレビがついていて、そこで『がまぐちぎょろめのグラム・スピナー』が放映されていた。タチヨタカたちは飛び立った。虫には目もくれず、一斉にガラスの壁へ突進した。グラム・スピナーと友達になるためだった。ガラスの壁はうんにょりと歪むとタチヨタカたちを受け入れ、タチヨタカたちをテレビの中へ誘った。こうして、タチヨタカ(Nyctibius griseus)たちは絶滅した。
 
           五
 あなたは暇つぶしにインターネットを巡回している。そこに「一度見たら忘れない怪鳥」としてタチヨタカ(Nyctibius griseus)が紹介された記事を見つける。絵心のあったあなたは思わずその姿をスケッチする。どれだけリアルに描いても、その姿はまるでデフォルメしたカートゥーンアニメのようだ。タチヨタカたちが壁を突破する。あなたの前にタチヨタカが現れる。がまぐちで、ぎょろめで、あなたの前に立ち、先程まで自分がいたはずの白い画面を覗き見る。あなたはそこに、新しいタチヨタカを描き込むだろう。タチヨタカはその姿を気に入って愛を囁いた。紙から新たなタチヨタカが現れて、彼らは結ばれることとなる。そうしてタチヨタカたちは各世界に散らばっていく。この世界にカートゥーンアニメ『がまぐちぎょろめのグラム・スピナー』は存在しない。ほうぼうに散らばったタチヨタカたちの住むこれらの世界そのものがカートゥーンアニメの世界であって、それに気づいていないのは私たちホモ・サピエンスだけだ。だから、困ったとき、本当の、ただ一つの対処法はこうである。
「助けて、グラム・スピナー!」