三宅香帆『名場面でわかる刺さる小説の技術』感想

DiaryC0095,書籍感想

三宅香帆『名場面でわかる刺さる小説の技術』(中央公論新社)

https://www.chuko.co.jp/tanko/2023/05/005657.html

読み始め:6/9  読み終わり:6/9

あらすじ・概要
名場面があれば小説は勝てる! 『バズる文章教室』等で話題の書評家が、人気作家25人の書いた名場面を例に、「読む技術」と「書く技術」を指南。あなたが書きたい場面を活かすポイントがわかる、創作クラスタ必読の1冊。

読んだきっかけ
気になっていたので。

コメント・感想
 めちゃくちゃうるさいこと言うと「小説で勝つ」「創作クラスタ」という言葉に忌避感を覚えました。でも、これは多分出版社側がつけた売り文句だと思うので仕方ないですね。「小説で勝ちたくて、創作をしている」のでこの本を手に取ったことは事実なわけですし。しかし買うときに、負けた感というか屈辱を感じました。書店でこの本持ってるとき「私いま、小説で勝ちたくて、創作クラスタに属してる人間に見られてるんだ……」ってげっそりしました。自意識過剰ですね……すみません。
 ここからが中身についての感想です。めちゃくちゃオタクの文章で笑ってしまいました。好感が持てる。そして、切り取る箇所が、さすが書評家だけあって鋭いなと思いました。「本の感想を言いたい人はどこを切り取るのか」というのが具体的にいくつも挙げられていて非常に参考になります。私は「女オタクになれなかったコンプレックス」を抱えていると同時に「女オタクにならなくてよかった」とも感じている、非常に面倒くさい人間なのですが、私の考える女オタクって「どこに感動したか、どこが推しポイントなのかを語らせると非常にエモーショナルに、的確にとめどなく語り続ける」人種なんですね(あえて「女オタク」としているのは私が女性として女子社会に属していた経験があるからで、それ以外の性でもそうしたタイプの人間がいることは分かっています。学生のころ「女オタクの輪」に入れなかった、彼女たちの「萌え!」感想戦に立ち入れなかった疎外感が、私の使う「女オタク」という言葉には反映されています)。著者の三宅さんは私の考える最強の女オタクって感じがしました。こういうふうに小説を読んでみたかったし、こういうふうな読みが初読で出来ないからこそ自分にも書ける何かがあるとも信じている、といった感じでしょうか。うまくいえないな……。とにかく、本の読み方が著者と私との間でかなり異なっているはずで、だからこそ得るものの多い読書でした。おそらく著者もわかっているとおり、良い本には「ずっとうっすら面白い本」も数多くあると思うのですが、本書では語る対象を「本当に面白い小説の共通点は、自分が好きな場面を挙げられること」と定義しているのが慧眼だなと思いました。書く人にとっては「そういうシーンをつくる」という意識醸成に繋がりますし、読む人にとっては「このシーンがあるから面白い」ではなく「この本は面白いから、自分に刺さったシーンがあったはずだ」と、本をもっと「読ませる」仕組みになっている。そして私は書く人を自認しており、目下「私の小説には何か足りない、こう、なんかパッとしないんだよな……」ということで悩んでいたので、この本の存在は特効薬のようなものでした。薄々感じ取っている「こういうことだよね」という話が整理整頓されて可視化されているのですごい。たとえば「対等つまりライバルという関係は、お互いへの理解なしには存在しない」というテーゼであったり。こういう言葉で理解した気になりすぎると(実際に書こうとするときは)危ないのかもしれないけど、それでも何かしら書いていて「ちょっと盛り上がりに欠けるかもな……」というときにこの本に書かれている内容を知っているかどうかで結果が変わってきそうだなと思わされました。
 「感想を書きやすい作品は、結果的に口コミで広まりやすい」本当にその通りなんですよね……。最近悩んでいることがまさに「私のつくるものは感想を書きにくいものばかりなのではないか」ということで、本書を読んでそれが確信に変わりました。読者を信頼することと読者にサービスすることはもちろん両立するはずで、もう少し「読者が語りやすいフックを作品につけてやる」ということを意識しなければなと反省しました。
 中山可穂『銀橋』が、取り上げられていた中では一番読んでみたいと思った小説でした。