ピンク色の太陽

2023-06-07Works,公募コバルト短編小説新人賞,小説

 目が覚めると、フラミンゴが部屋にいた。
「うわっ」
 フラミンゴは俺の勉強机の前に片脚で突っ立っていた。長い首をくねらせながら、のんきに羽繕いをしている。ふいに、フラミンゴと目が合った。反射的に体がこわばったが、フラミンゴはしばらく俺を見つめたあと、関心をなくしたかのように再びクチバシで羽根をついばみはじめた。
「えっと……」
 俺はまだ寝ているのか? 意を決し頬を叩いてみる。パチン。普通に痛い。ヒリヒリする頬を押さえつつ、俺は恐る恐る上体を起こした。部屋を見渡す。他に何も変わったところはない。ただ、目の前にフラミンゴがいるだけだ。
 しばらく観察していると、フラミンゴは羽繕いに飽きたのか、器用に脚を折り、ペタンと床に座り込んだ。なんとも美しいピンク色だった。俺の部屋には、他にピンク色のものなんて見当たらないので、余計にフラミンゴの羽根の色がよく映える。S字を描く首筋の曲線美に、ふっくらと、それでいて引き締まった胴体。派手なショッキングピンクはよく見ると濃淡があって、はっと息を呑むほどの艶やかさ。つい、じっと観察してしまう。どれくらい時間が経ったのだろう。俺の部屋が気に入ったのか、フラミンゴは満足そうに「ゴア」と鳴くと、ゆっくりと目を閉じてウトウトし始めた。あ、ちょっと可愛いかもしれない。俺は自分の頬が緩んでいくのを感じた。
 ……いや待て! どう考えてもおかしいだろ。危ない、危ない。うっかり見惚れてしまうところだった。これは、異常事態だ。一般的に、こういうときは誰かに相談したほうが良いとされている。実は、相談相手の心当たりはあった。もう、ありすぎるほどに。だが、あまり彼女の邪魔をしたくはない。それに、彼女の周囲はいつもドタバタであふれている。休日はまったり派の俺とは、その点相性が悪いと言えた。俺はしばらくフラミンゴとスマホを見比べた。平穏な休日と、問題の解決、どちらを取るか……。そこまで考えたところで、「フラミンゴのいる休日」はすでに平穏とは言えないのではないかという、至極当然の結論に至る。俺は観念して電話をかけた。
 
「やっほー! 来たよーん!」
 十五分後。部屋の窓ガラスがドンドカ叩かれ始める。俺はため息をついて窓を開けた。
「……あのなあ、前も言っただろ、ちゃんと玄関から入ってこいって……」
「うわマジじゃん、フラミンゴいる!」
 俺の小言は耳に入らないようだ。彼女は、ヨイショと窓ガラスをまたいで俺の部屋に入室する。キャハハとはしゃぎながら一直線にフラミンゴの元へと近づいていく。フラミンゴがビクッとこちらを見た。
「あーあ、さっきまで寝てたんだぞ」
 なぜ俺はフラミンゴを慮るような発言を……。彼女はそんなことにはお構いなしで、「かわいー!」と胴体を撫で始めた。俺も、呆れる素振りを見せつつ彼女とフラミンゴに近づく。
 彼女――村雲六花は魔法少女だ。元々はただの幼馴染だったのだが、ある日突然、魔法が使えるようになっていた。おまけに髪の色も黒からピンクに変わっていたし、変な小さい動物を連れてもいた。ぺぺットという名前の、その喋るハムスター(っぽいなにか)は、長らく六花の相棒として魔獣たちとの戦闘をサポートしていた。六花とぺぺットが凶悪な魔獣たちと戦う姿は、ここ照葉市の名物とまで謳われるほどだった。魔法少女として街の人々に受け入れられ、誰もが六花を応援する。まだ中学生の少女に街の命運を託すのを心苦しく思う住民は大勢いたが、魔獣たちに対抗できるのは現状彼女しかいなかったのだ。
 しかし一年前、ぺぺットは彼女を庇って死んだ。それ以来、六花は新しい相棒を探し求めているように見える。ペットショップの前にぼうっと立ち尽くす彼女を何度か見かけたし、ときには、彼女の「相棒探し」に同行させられることすらあった。なんてことはない。道端のハトやカラスを追い回すだけだ。そのたびに「この子は魔法使えないし、喋れないしねえ……」と、無駄足に終わる。
 六花はフラミンゴを撫で回していた。あったかいねえ、と声を掛けながら、フラミンゴにぱふんと覆いかぶさっている。クチバシを撫で、それから首筋に腕を伸ばし、するすると毛の流れに沿って六花の手が動く。フラミンゴは少し苦しそうに「ゴアアア」と喚いていた。
「……ということは、やっぱり成功してたんだ」
 六花がぶつぶつとひとりごちた。
「成功してたってなにが」
 嫌な予感がする。
「召喚術!」
 彼女が元気よく返事する。それからペラペラと堰を切ったように喋り始めた。
「やっぱりさ、魔法の使える動物なんてこの世界じゃ見つからないんじゃないかと思って。これはもう、召喚するしかないかなと思ったの。それで昨日やってみたんだけどね? なーんも出てこないじゃん。だから失敗したものとばかり。まさか悟の部屋に召喚されてるとは! 大成功じゃん! やったね」
 嫌な予感、的中。
「じゃあやっぱりお前のしわざかよ!」
「ってことになるのかなー?」
「まったく、心臓飛び出るかと思ったんだぞ!」
 てへへ、ごめーん。と笑いながら謝る六花をもう怒る気になれない。
「で、どうするんだよ」
 俺は、ベッドに腰掛けて六花に聞いた。
「どうするって何が?」
「フラミンゴだよ。お前それ飼うのか?」
 んー、と六花は考え込んだ。
「この子、ゴアーしか喋れないみたいなんだよね。私がフラミンゴ語を覚えればなんとかなると思う?」
 知らないよそれは、とも言えず。
「……でもさ、あまりにもフラミンゴだよ、そいつ」
「どういうこと?」
 六花が聞き返す。
「その……ぺぺットってもっとキャラクターって感じじゃなかった? お前、フラミンゴの飼い方わかるのか?」
 ぺぺットも、何を食べて生きていたのか俺は知らないが。一度遊びにきたときには、六花と一緒にいちご大福を食べていた。雑食だったのかもしれない。だが、目の前のフラミンゴは、六花が魔法で召喚したと言うわりには、あまりにもリアルだった。なんなら動物園で見かけても違和感のないレベル。
「ていうかなんでフラミンゴ?」
 俺はどうしても気になって、続けざまに質問してしまう。六花はフラミンゴをペタペタ触りながら歌うように答えた。
「何の動物にするか迷って、目を閉じたまま図鑑をパラパラめくったページにフラミンゴがいたんだよ。それで、わたしなりにフラミンゴのこと色々調べて召喚したんだけど。それでこんなにリアルになっちゃったのかもね」
 それが本当なら、ものすごい観察眼である。
「本物のフラミンゴなら、甲殻類プランクトンを食べるんだよ。クチバシが特殊な形状になっててそこで掬って食べるの。フラミンゴのピンク色って、そのプランクトンの色なんだ」
「へえ、詳しいな」
「でも、この子はあくまで魔法でできたフラミンゴだから、プランクトンは食べないかもね……。あ、そうだ!」
 六花が勢いよく立ち上がった。こういうときの六花はろくなことを言わない。俺は一応、どうした、とだけ返す。
「学校に行こう!」
 
 今日は土曜日だから学校は休みだが、六花が行くと言って聞かないので、俺はしぶしぶ彼女について歩いている。フラミンゴと。二人の中学生がフラミンゴを連れて歩いている光景はなかなかシュールだ。通行人からの視線を強く感じる。六花が街中に顔を知られた有名人なのもあって、ときたま「そのフラミンゴどうしたんだい?」と知らないひとに声を掛けられた。そのたび彼女は「召喚してみたのー!」と元気に答えている。おじさんが「へーそりゃすごいな」とよく分かっていないまま返事をする。フラミンゴは、意外にも大人しく俺たちについて歩いていた。水かきのある足でペタペタと六花のあとを健気に追いかけている。
「召喚したのはわたしだから、わたしの言うことは聞くはずだよ」
と六花は得意げだ。
 通学路を歩きながら、六花が説明した。
「フラミンゴって名前はね、flammaって単語に由来してるんだよ。ラテン語で『炎』って意味。だから多分、この子は火の精霊なんじゃないかと思ってさ」
 その説明と、学校へ向かうことがどう繋がるのか全くわからないが、六花は「わかった?」と返事を催促してくる。
「わかんない」
「えーマジ? まあ、着いたらわかるから」
 そうこうしていると、学校が見えてきた。六花は迷う素振りもなく堂々と正門から学校へ入り、ずんずんと校内を進んだ。俺、そしてフラミンゴがあとを追う。六花が立ち止まったのは「理科実験室」だった。ガラガラーッと勢いよく六花が引き戸を開ける。俺はまず、鍵がかかっていないことに驚いた。
「おう、村雲か。……海野までどうした」
 実験室の奥に、斎藤先生がいた。俺たちの理科の授業を担当している教師だ。斎藤先生は、休日なのに白衣を着て、マグカップからコーヒーを啜っていた。
「先生、見て、フラミンゴ!」
 六花がフラミンゴをぐい、と前面に押し出した。フラミンゴがおっとっととつんのめる。さっきから扱いが若干雑なんじゃないかと俺は思い始めている。
「ほー、動物園に返してきなさい」
 大人として当然の反応のような、少しずれた返答のような。そう言いつつ斎藤先生は興味津々でフラミンゴを観察し始めた。眼鏡の奥で三日月型の目がさらにきゅっと細くなる。俺は先生に尋ねた。
「先生なんで休みなのに学校いるんですか?」
「家に居場所ないんだって!」
 六花が無邪気に口を挟む。先生は苦笑しながら「ストレートに言い過ぎだよ」と付け足した。
「ここにいたほうが落ち着く、というのは正直あるかもね。いつか分かるかもしれないさ」
 先生の口元に皺が寄った。寂しそうな大人の顔つきだった。
「それで、君たちは何しに来たのかな」
「そうそう! このフラミンゴは動物園から盗ってきたんじゃなくて、わたしが召喚したんです。それで試したいことがあって……」
 六花が先生にそっと耳打ちした。先生はなるほど、と頷き「よく勉強しているね」と六花を褒めた。俺は六花が褒められている意味もわからず、置いてけぼりをくらう。
「そういうことなら、たぶん準備室にあったはずだから少し見てくるよ」
 先生が隣室に消え、しばらくして何かを抱えて戻ってきた。フラミンゴは相変わらず片脚で器用に立っている。先生が六花にそれを差し出す。よく見ると、数種類の金属片だった。
「なにこれ」
 俺が聞くと、六花はふふふと笑いながらそれをフラミンゴに差し出した。
「ほーらごはんだよ」
 フラミンゴは疑いもせず、パクリと金属片を飲み込んだ。六花も先生も興味津々といった表情でフラミンゴを見つめている。金属だぞ、食べて大丈夫なのか? とフラミンゴを心配しているのはどうやら俺だけのようだ。俺はフラミンゴに同情する。
 フラミンゴが、ゴアーと鳴いた。すると突然、フラミンゴの体が激しく燃え上がり始めた。それに、こころなしかピンク色がどんどん薄くなっているように感じる。一体、何が起こっているんだ?
 ボッ!
 フラミンゴの色がみるみるうちに変化していった。鮮やかなショッキングピンクから溌剌としたレモンイエローへ。俺の目の前に、巨大な黄色のフラミンゴが現れる。
「成功だ! 成功だ!」
 六花がはしゃぎまわって喜んでいる。先生も「ほー」と腕を組んで感心している。
「やりましたね、村雲さん」
「六花、これは?」
 俺はまだ目の前の光景が信じられない。さっきまで確かにピンク色の普通のフラミンゴだったのに。黄色のフラミンゴだなんて聞いたことがない。六花が嬉々として言った。
「炎色反応だよ!」
 リアカーなきK村~と六花が口ずさむ。「この子は火の精霊なんじゃないかって話したでしょ? だから、ナトリウムを食べさせてみたの」
 なるほど、さっき先生が持ってきたのは炎色反応の実験キットだったのだ。ナトリウムを炎に投じると黄色い炎に変化する。それを、フラミンゴで実践してみたかったということだろう。
 ようやく理解が追いつき感心していると、突然つんざくようなサイレンの音が鳴り響いた。六花の顔色がさっと変わる。
 魔獣の出現を告げるサイレンだ。照葉市には、六花がすぐに出動できるよう二十四時間体制で魔獣の出現を監視する組織がある。そして、出現が確認されると街のどこからでも聞こえる音でこうしてサイレンが鳴らされるのだ。
【警告、警告。照葉市立第一中学校付近に魔獣が出現しました。近隣の住民の皆さまは退避してください。繰り返します……】
 俺は六花を見る。六花は「先生と一緒に逃げて!」と言いながら、変身ポーズに入った。途端に六花の全身がまばゆい光に包まれる。髪が独立した生き物のようにうねり、ボリュームアップしていく。先生が俺の手を掴んだ。
「魔法少女の変身シーンを見るのはマナー違反ですよ。私たちはこちらへ」
 そう言って、俺の手を引いた。理科実験室の扉の隙間から、六花がステッキを掲げるのがちらりと見えた。
 校庭の隅に俺たちは避難した。学校自体が住民の避難用施設を兼ねているので、学校から離れないほうがむしろ安全と言える。ふいに頭上に影が差した。禍々しい雄叫びがこだまする。魔獣の巨体が空を覆い隠していた。まさか、こんなに近くに。
 その魔獣は、巨大な樹木のような形状をしていた。根はうねうねと自在に動き、建物を次々となぎ倒していく。枝はムチのようにしなり、魔法少女を今か今かと待ち構えていた。体中に鋭利な葉がぎっしりと生え並び、迂闊に近づくことができない。魔獣が蠢くたびに地響きが起こり、辺り一帯に砂埃が舞う。瓦礫の山を押し出すようにして、巨木は侵攻を続けていた。こちらへ近づいてくる。先生と俺は、ここから退避するか逡巡した。
 ピカッ。
 そのとき、閃光が空を貫いた。
「街を壊すのやめてください! 悪にはキツーイお仕置きを! マギカ・リッカ、ただいま参上!」
 六花の声だ。校庭の中央に、六花が腕を組んで立っていた。街中から歓声が聞こえる。誰もがリッカの戦闘を見守りたがっているのだ。逃げろというのに逃げないから困っているのだ、と以前六花は零していた。ちなみに「街を壊すのやめてください!」は初めて六花が魔法少女に変身したときに叫んだ言葉らしい。ぺぺットが無理やり「それを決めゼリフにするペ!」と決めたので、強制的に毎回叫ばされていると愚痴っていた。ぺぺットがいない今、六花がどのような気持ちでその言葉を口にしているのか、俺にはわからない。
 魔法少女リッカは、ペールピンクに輝くフリフリのドレスを身に着けていた。動くたびに光がはらはらとこぼれ落ちる。手には、鍵のように複雑な形状をしたステッキ。中央に深緑の宝玉が埋め込まれている。普段はペンダントのように小さくなり、首から下げられるらしい。彼女が唯一、肌身離さず身につけているものだ。色とりどりに輝く宝石のついたヘッドドレスからは豊かな桃色のツインテールが、渦巻くリボンのように流れている。ハイヒールだが走りやすい(※六花談)ブーツで、リッカが俊敏に走り回ると、その残像が光る軌跡となってキラキラと周囲を照らした。リッカの戦いを見るのはこれが最初ではない。でも、いつも初めてであるかのように惚れ惚れと見入ってしまう。
 リッカの対面に樹の魔獣がそびえ立っている。全長二十五メートルはありそうな巨体だ。リッカが小さな豆粒に見える。
「でかいなー!」
 リッカが叫んでいるのが聞こえてきた。リッカは数歩後退し、それからふわりと宙に浮いた。
 直後、空を斬る音。樹の魔獣が薙いだ枝をリッカが咄嗟にかわしたのだ。枝は伸縮自在に次々と繰り出される。リッカはその全てをひらりとかわしてみせた。リッカへの声援が校庭に響き渡る。枝の猛攻が途切れると、葉が飛翔する凶器となってリッカに襲いかかった。リッカはそれをバリアで全て弾き飛ばす。俺の目の前に、弾かれた葉の破片がトスッと飛来し深々と地面に刺さった。先生が俺をかばうようにして腕を回した。
「今日は、わたしだけが戦うんじゃ、ないのっ!」
 リッカがそう言い放ったのと、そういえばフラミンゴは? と俺が疑問に思ったのはほぼ同時だった。その言葉を合図にして、二足歩行の鳥が、校舎からスタタ……と飛び出してきた。そして、リッカのもとで足を止める。フラミンゴは、いつでもかかってこいとでも言いたげな表情で静かに佇んでいる。
 リッカは不敵な笑みを浮かべると、
「それじゃ行くよ……デュプリカティオ!」
 ステッキを天高く掲げて勢いよく叫んだ。
 その瞬間、フラミンゴが猛烈な勢いで増殖し始めた。一羽が二羽に、二羽が四羽になる。四羽は八羽になり、八羽は……。またたく間にフラミンゴたちがあふれかえる。
 爆発的に増えたフラミンゴたちの軍団が校庭に陣取っている。フラミンゴたちは、ゴアア、ゴアアアアと翼を広げ、樹の魔獣を威嚇した。魔獣がギロリとフラミンゴたちを睨みつけ、触手のような根を猛スピードで伸ばし始める。校庭が夥しい数の腐敗した根に飲み込まれそうになるのを、フラミンゴたちは押し留めた。茶色の濁流と、鮮やかなピンクのせめぎあい。フラミンゴの数は未だに増え続けており、少しずつ、ほんの少しずつ、ピンク色が優勢になる。ゴアア、ゴアア! というフラミンゴたちの興奮した声もだんだんと大きくなっていく。
 リッカはその機を逃さなかった。ふいに両手を上げたかと思うと、リッカを中心として放射線状に弾幕が出現した。
「色とりどりの、フラミンゴさんを、くらえー!」
 リッカが両手を勢いよく下ろすと、弾幕が校庭めがけて発射された。日光に反射して弾幕がキラリと光る。目を凝らすとそれは、大量の金属片だった。
「ごはんだぞ、フラミンゴたち!」
 ゴアア! ゴアア!
 フラミンゴたちは我先にと金属片に群がっていく。たちまち校庭がまばゆい光に包まれ始めた。フラミンゴたちの体中が淡く発光し、みるみるうちに変色していく。赤いフラミンゴ、黄色いフラミンゴ、紫のフラミンゴ、青緑のフラミンゴ、橙色のフラミンゴ、黄緑のフラミンゴ。校庭はいまや虹の海だった。俺は息を呑む。斎藤先生も、目の前に広がるフラミンゴの大海に目を奪われていた。
 街の人々は続々と増えてきて、安全な場所から戦闘の様子を夢中で眺めている。「きれい!」と小さな子どもの歓声が聞こえた。大人たちの間にもどよめきが広がる。そしてスマホカメラのシャッター音。彼らはリッカに守られている。魔獣たちが住人を襲おうとすると、すでにそこにはリッカが先回りしている。「あんまりわたしを頼りすぎると鈍っちゃうからよくないんだけどねー。本当は見てないでなるだけ遠くに逃げるべきだよ」と六花が言っていたのを聞いたことがある。六花はそのあとなんて言ってたっけ。
 リッカは眼下に広がるフラミンゴの海へ向けて、魔獣を指差した。今の彼女はフラミンゴ軍団の指揮官だ。ゴアア! と雄叫びを上げて、フラミンゴたちは一斉に駆けだした。華奢な脚で力強く校庭を踏みしめ、それが大きなうねりとなって周囲に轟いた。赤、黄、紫、青緑、橙、黄緑の寄せる波。この世のものとは思えない光景だった。フラミンゴたちは、樹の魔獣に向けて猛然と突進し、そして、一斉に飛翔した。
 フラミンゴたちは止まらない。増殖し、色とりどりに発光し、魔獣へ立ち向かっていく。樹の魔獣が、たちまちフラミンゴに覆い尽くされた。死を感じさせるような底冷えする色の樹皮が、激しく燃える色彩に取り込まれ、ついばまれていく。目がくらむほどの光。
 やがて、どこからともなく魔獣が発火した。カラフルな炎だった。フラミンゴたちと同じ、鮮やかで派手な炎。パチパチと音を立てながら魔獣は爆ぜ、断末魔の叫びを上げた。炎は火花となって散り散りになり、空に舞い上がった。「わあ、花火だ!」とどこからか声が上がる。フラミンゴたちは激しく燃焼し、そして魔獣とともに空へと消えていった。大地から生まれた虹の奔流が空へ飛翔し霧散していく。
 
「みんな、もう大丈夫! 魔獣は倒したよ!」
 リッカがそう宣言すると、割れんばかりの歓声が起こった。大量のおひねりが飛び交う。リッカは器用にシルクハットを飛ばし、おひねりを回収していった。ファンレターなどもよく入っているらしい。リッカはファンサービスが旺盛だ。街の人々に挨拶しつつ、けが人を探したり、倒壊した建物の修理をしたりとそのまま住人たちを手伝っている。俺と先生も、けが人の手当てに加わった。
 全てが落ち着いたころにはもう日が暮れかけていた。リッカは、六花の姿に戻ると俺たちの元へ駆け寄ってきた。
「ふいー、疲れたねえ」
 俺は、お疲れさまと言ってやることしかできない。あとは、六花の大好きなメロンソーダをご馳走するくらいしか。そうだ、思い出した。「本当はみんな遠くへ逃げるべき」のあとに六花が何て言ったのか。
「でもね、せっかく見てもらえるんなら、なるだけ美しくて、勇気がもらえるような戦いを見せたいんだ。明日も頑張るかーって思えるようなね。だから、見た目の派手さとかけっこうこだわってるの。流石に敵が強いときはそんな余裕ないけどさ!」
 彼女は笑いながら、そう言ってのけたのだ。彼女の両親は魔獣にやられ、すでに他界している。六花が魔法少女に覚醒するまでは、この街は蹂躙される一方だった。魔獣たちが住人を殺し、多くの住人たちが街の外へ避難した。街から活気が失せた。笑顔なんてどこにもなかった。
 でも、今は違う。魔獣たちは変わらず出現するものの、彼女が戦うと歓声が上がる。街中がリッカを信じ切っている。そして、何度街が壊されても立ち上がる。街の人々はリッカのことをこう評する。ただ一言、「太陽」と。
 この街は、太陽に守られている。はっきり言って六花は超強い。俺も彼女の強さを信頼している。でもたまに、彼女が背負わされたものの重さを思い、打ちひしがれる。彼女に何もしてあげられないことが、悔しくてたまらなくなる。
「どしたのそんなぼーっとして」
 六花が俺の顔を覗き込んだ。なんでもないよ、と笑って返す。学校の緊急会議に呼ばれたという先生と別れ、二人で帰路につく。六花は、フラミンゴが消えてしまったことを終始残念がっていた。
「やっぱさー、魔力使いすぎたんだろうね。ごはんあげすぎちゃったなー」
 両腕を頭の後ろに組んで、あーあ、とため息をついている。しかしそのあとすぐに「次はゾウとかどうかな。ねー、悟どう思う?」といつもの調子で尋ねてくる。
「ゾウって魔法少女のパートナーとしてはちょっとデカくないか」
「でも新しくない? かっこいいと思うよ?」
 そう言って楽しげに笑う。俺もつられて笑った。
「また俺の部屋に召喚したら承知しないからな」
 さすがに等身大のゾウが召喚されたら部屋が破壊されてしまう。六花は、努力するよと返事した。そのまま俺たちは当たり障りのない会話をして、通学路をだらだらと歩き続けた。
 ふと空を見上げると、大きな陽が沈んでいる。燃えるような夕焼けだった。
「フラミンゴカラーだね」
 六花がそう言って、微笑んだ。

                         (了)