冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家 冲方塾・創作講座』読書記録

DiaryC0095,書籍感想

冲方丁『生き残る作家、生き残れない作家 冲方塾・創作講座』(早川書房)

公式サイトから引用

https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014802/

読み始め:2023/2/13  読み終わり:2023/2/15

あらすじ・概要
作家・冲方丁が、25年ものあいだ生き残ることができたのはなぜか?「HOWでなくWHYを知ること」「言葉・文章・描写の特質を理解すること」「物語る存在として生きること」。作家であり続けるためのシンプルかつ不可欠な原則を伝える、大人気創作講座の完全書籍化。

読んだきっかけ
『作家で億を稼ごう』を読んで、こちらも読んでみたくなった(特に内容的な接点はない)。Kindleのサンプルを読んでいると、30代で稼いだ6億円が40代ではほとんどなくなっていたという旨が冒頭に書かれており、エーッと思ったので興味を惹かれた。別に、内容は金銭にまつわる話ではもちろんない。

コメント・感想
 冲方丁って胎界主だ。(私にとっては)良い意味でタイトル詐欺だった。作家としてのノウハウをまとめた本ではない。物語とは、書くとは一体何なのか、どうすれば書いたものを世に問うことになるのか、といった問題に作者が関心を寄せ、深く考察していることがよくわかった。それを語り直すうえで、経済学・経営学あたりの理論を援用しているが、そこが本質ではない。とにもかくにも、この本に書かれたこと、それが真実だ。
過去に見出された、人と社会を融和させる物語や、世界に異議を唱える物語といったものを、常に新しい時代へと運び続け、そして翻訳し続けているのです。
 まず、「WHY」なぜ書くのかを自身の核に据える作家は生き残る、と筆者は主張する。そして、その主張を前提にして議論が進んでいくので、枝葉末節の創作ノウハウが知りたかった読者はタイトル詐欺だと感じるかもしれない。それ以降は、「言葉とは何か」「文章とは何か」「描写とは何か」と順繰りに掘り進めつつ、筆者の理論が展開されていく。たとえばこんな感じ。
 ではそもそも、描写とは何を書くことをいうのでしょうか?
 まず人が備える「五感」と対象が存在する「空間」、人の「感情」と「肉体」、そこに流れる「時間」、そして対象の「価値」です。(中略)聴覚における心地よさや不快感、視覚における色彩や形状といったものは、実は五感の発達においては副次的なものに過ぎません。五感は、対象との距離、その対象がどの程度の速度で移動しているか、そしてどの程度、安全であるかを知るために発達しました。

 いや面白すぎる。ここから更に「では速度ってなに?」というところにも突っ込んでいきます。確かに、そう言われてみると、自分の書いた小説でも相手との距離を表現するために五感の描写を用いていたなと気付かされるのだが、この文章を読むまでは考えたこともなかった。脱帽である。時間感覚にまつわる文章はこんな感じ。
 ある対象から逃げたり、逆にそれを追いかけたりすることから、人間は二つの時間にまつわる感覚を備えてきました。
 一つは、動物的な本能として備わる、「速度×時間=距離」という感覚です。
 これが「速さ」の感覚のおおもとで、短いスパンをとらえ、「順位」という観念を生み出す時間間隔として発達しました。
 もうひとつは、植物の生態や、天体の運行といった自然現象を解明することで備わった、サイクルに関する感覚です。
 これが「早さ」の感覚のおおもとで、長い年月をとらえ、「順序」という観念を生み出す時間間隔として発達しました。

 すごくないですか???? 時間感覚に関しては、東畑開人『居るのはつらいよ』にも同じような考え方が出てくる。真っ直ぐな時間と循環していく時間。『居るのはつらいよ』では、それぞれがセラピーとケアという概念と対応することとなる。しっかしまあ、小説を書くのが上手くなりたいと思って読んだら「そもそも時間感覚とは〜」「順位とは〜」という根本的な話が始まるの最高すぎる。こうやって、物語の成り立つ要素を一つ一つ分解し、精緻に分析していくのが冲方流なのだろう。
 物語には「解決」がつきものだ。人が「解決」を実感するのはこの4ケースである、と筆者は親切に分類してくれている。
 感情、論理、律法(習慣)、諧謔です。
 律法というのは思いつかなかった。習慣となることで解決(話が終わる)となる例としてはジョージ・オーウェル『一九八四年』が挙げられていた。『一九八四年』では、「主人公は巨大な命題に抗えないどころか、心を打ち砕かれてしまう」。
 個人的には、付録Ⅲの「自己マネジメント例」が非常に参考になった。「一日の執筆スケジュールをグーグルスプレッドシートとポストイットで管理している」というのを真似してみようかと思う。いま、ホワイトボードに年間の執筆スケジュールと、応募予定の公募の名前をリストアップして貼っているのだが、もう少し精度と効率を高められないかなとちょうど思っていたところなのだ。しばらく冲方流を試してみても良いかもしれない。

良かった文・シーン
余談ですが、私はこのコース料理における伝統的背景を、第六の味覚となる「ありがたみ」として機能する物語であり、言葉が味覚にも影響を及ぼす証拠だと考えています。
連想と逸脱の無限のバリエーションを飽くことなくイメージし続け、自分や世界にとって今最も書くべきものを抽出できる作家が、いわゆるストーリー・テラーとして生き残ることができるのです。
人間が抱きうる全ての価値を認める者が生き残るのであり、その際、三つのことがらを守りさえすれば、生き残ることができます。
私の場合、何をするにしても、最初に課題の設定があります。
 新人の頃は、「知識・技術・感性」を順繰りに培い、小説というものを「主題・世界・人物・物語・文体」の五つの要素に分解してこれまた順繰りに培うことが課題でした。

いかにして、より短い時間で、より大きな成果を出せるか、という課題です。
 私はこれを、「速度・角度・強度・深度」の課題ととらえました。
 速度は当然、執筆速度です。とにかく速く書けるに越したことはない。そのために作業工程を常に振り返り、効率が悪いところはないかチェックし、より効率が良い方法へとレベルアップさせていくことが重要です。
 しかし速度に系統すると、自分にとって書きやすいものばかり書きかねません。
 それを防ぐには、視点の角度を常に変える必要があります。
 自分にはよくわからないもの、不向きだと思っていたもの、それまで発想できなかったものへ、しっかりと意識を向け、自分をアップデートするのです。しかしそれでかえって混乱して書けなくなっては仕方ないので、その最適なリズムを探します。
 そうして出来上がったものが、あっという間に消費されて忘れ去られてしまっては、費用対効果が悪すぎます。作品の価値がすぐに消失してしまわないよう、複雑にしたり、多層的にしたりして、読者がかんたんに理解しきってしまうものにはせず、強度を保つ工夫にも時間を割かねばなりません。
 さらに、深度を向上させる必要もあります。読者が深く没入し、なかなかそこから出てこられないよう工夫するのです。ご時世によって、どこまでも長続きする感情、観念、モチーフは異なってゆきますから、調べて研究する時間も必要です。

ちょっと長めに引用させてもらった。読み味が胎界主とかHUNTER×HUNTERなんだけど、ハウツー本読んでそんな感覚に陥ることあるんだ。このストイックさを見習いたい。自分はまだまだ全然甘かったなと思い知らされる。各作品ごとに課題を設けるということを今までしてこなかったので、まずそこから考えていく必要がある。こんなに惜しげもなく公開してくれるのすごい。と同時に、確かにちょっとやそっとのことじゃこの膨大で洗練された積み重ねは盗めないなと思う。先人の道標を参考にしつつ地道に歩んでいくしかない。