ときありえ『リンデ』感想

DiaryC8093,書籍感想

ときありえ『リンデ』(講談社)

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000208650

読み始め:2023/6/14  読み終わり:2023/6/14

あらすじ・概要
犬のリンデがおしえてくれた、生きることの、たしかさ。
だいすきなママを事故で亡くし、自分をうしないかけた少年リロと、飼い主のおばあちゃんを亡くし、リロの家にやってきた大型犬リンデ。死と生を、やわらかく問いかける、秋から冬への物語。

読んだきっかけ
少し前にTwitterの一部界隈で「これはやばい」と盛り上がっていて、そのときに買って積んでいたのをようやく読み進めることができた。何度か読み進めようとして、数ページ読んだだけで本の持つエネルギーにあてられてなかなか読み進められなかった。

コメント・感想
 はっきり言うと、これを重版しない講談社はおかしい。超絶大傑作。
 子どもの世界、子どもからみた大人の世界、大人の見た子どもの世界、大人の世界、すべて優しさに溢れたまなざしに包まれている。10歳の子どもの世界をここまで真正面から書けるということにまず驚いた。リロの家をフヒトくんが訪ねてきて会話するシーンなんか特に顕著。フヒトくんの家庭は父親が教育熱心で、フヒトくんは塾に行き、今は中の中クラスだけど、いずれ中の上クラスに行って、中学受験して、それから医師になる、という「模擬実験」をしている。フヒトくんは、医者になってひとをたすける仕事がしたい、と言うが、この時期の子どもたちの「夢」なんて大抵親の「願望」であることはわかりきっていて、でもこの本ではそういった「裏側」はお出しされない。ただ、フヒトくんがまっすぐそれを遂行しようと日々頑張っていること、そこだけに焦点が当てられている。そして、リロ(母親を亡くしていて、たまに灰色の「ガメン」が迫ってくるような不安に苛まれる)は、「……ぼくが、ガメンなんかあいてにしているあいだに、フヒトくんは、チャレンジ・テストとたたかってるのか!」と感心する。ここに、10歳の子どもの質感がこれでもかというほど詰め込まれていて、目頭が熱くなる。
 母親を亡くしたリロだけではなくて、妻を亡くしたパパの姿、地域の人々や妹に助けられながらリロとともに懸命に生きるパパの姿を描くのも非常に上手い。「眼精疲労」でたまに目頭を押さえるパパは、通勤途中の電車で、「涙は、じぶんの悲しみのためだけに、わいてくるものではないのではないか。この涙は、じぶんの悲しみのつぶである以上に、亡き妻からたくされた、願いのしずくなのではないか。」と思う。この一文が、とにかくすごすぎると思う。
 今のところ、今年読んだ本の中で一番良かったかも。

良かった文・シーン
学校帰りの道を、ひとりの少年が歩いている。
 うつむきかげんに。でも、いっしょうけんめいな感じで。
(p.3)
この書き出しで傑作が確定している。
ずれちゃった……。
 それが、いちばんぴったりの言葉だった。
(p.9)
「模擬実験?」
「人生の、です。ぼくは、おとうさんのように医学部にいって医者になり、ひとをたすける仕事がしたいんです。それが基本シミュレーションです。それにむけて戦略をたてて、そのもとに実現可能な目標をたてる。Z-ピックスに入塾したり、4年のおわりまでにはM・H——ミドルで一番上のクラスってことだけど——そこにあがるとか。中学受験もそのひとつです。まずは大きな戦略をたて、そのもとに小さな戦闘をくみたてて、勝利をかさねていくってことです」
(p.112)
パパは、つきあげてくるかたまりをこらえ、心の中で……志津! 志津! と、亡き妻の名を大声でよびながら、しずかに涙だけ流した。(p.180)
ここは何度読んでも泣いてしまう。
「ひとって、死ぬために、生きてるんだよ……」
 女の子は、ふたたびそろばんに目をおとして、玉をはじきはじめた。
 ねがいましては、1年なぁり、10年なぁり、100年なぁり……。
 お経のように、年数がよみあげられる。
 14なんていう、生やさしい数ではない。
 幸運の5でもない。
 3さいのリロが難なく暗記して、ママが目を丸くした、天文学的桁の数字。
 1億……1兆……メガ……ギガ……テラ……。
 いつのまにか年という言葉がとれて、数だけになる。
 と、こんどは、数が小さくなってゆく。
 ……マイクロ……ナノ……ピコ……。
 0.0000000000……1パーセントの確率が、頭をかすめる。
 リロは、女の子がかわいそうでたまらなくなった。
 ……死ぬために生きてる? それはちがうよ。たとえ最後はみんな死んじゃうにしても、ひとは生きるために生きて、そして死んでいくんだ。それに、ひとは死んでも、そのひとが生きたエネルギーは不滅なんだよ。不滅どころか、ふえていくんだ。
 女の子がどんな目をしているのかはわからなかったが、その瞳を暗くしずませているものがなにか、リロにはいたいほどわかった。
 リロは、しずかに涙をながした。女の子と、リロ自身のために……。
(p.188-189)
すごすぎるシーン。