阿部暁子『鎌倉香房メモリーズ』感想

2023-02-11DiaryC0193,書籍感想,連作短編感想

阿部暁子『鎌倉香房メモリーズ』(集英社オレンジ文庫)

Amazonから引用

http://orangebunko.shueisha.co.jp/book/4086800071

読み始め:2023/2/11  読み終わり:2023/2/11

あらすじ・概要
人の心の動きを香りとして感じとる力を持つ、高校2年生の香乃は祖母が営む香り専門店『花月香房』に暮らしている。香乃のよき理解者、大学生の雪弥さんと共に『花月香房』は今日もゆるり営業中。そんなある日、店を訪れた老婦人の“消えた手紙”を一緒に探すことになって!? ゆったりとした時の流れる鎌倉を舞台に、あの日の匂いと、想いも……よみがえる。ほっこり、あったか香りミステリー。

読んだきっかけ
コバルト短編小説新人賞や、ノベル大賞に応募しようと考えているので、集英社オレンジ文庫の本を読んでみようと思った。香り専門店の話であること、鎌倉が舞台であることに惹かれた。

コメント・感想
 「あったか香りミステリー」とあるように、最後にはほっこりする話が多かった。だが扱われている事件は中学生の売春や遺産相続問題などでわりとシリアス。そのあたりのさじ加減はレーベルの特徴の一つなのかもしれない(このレーベルを読んだのは初めてなので推測でしかないが……)。集英社オレンジ文庫の目録を見たところ、ラインナップは「あやかし」「ご飯もの」「ミステリ」「お仕事小説」「ほっこり系」「後宮もの」、あとは女性が主人公のファンタジーが多めという感じな気がしている。もちろんそれに当てはまらない作品も多くて、あくまで傾向ではあるのだが。この作品は、お仕事小説でありミステリであり、ほっこり系であり、という感じ。わりと、レーベルの王道作品なんじゃないかと思う。集英社オレンジ文庫公式は、Twitterに加えてInstagramとTikTokを展開しているようなので、やっぱり十代から二十代の女性を狙っとるんかな。三十代以降でも読んでる人多そうやけど。
 主要主人公たちがみんな若くておじさん寂しくなっちゃった……。大学生がおじさん呼ばわりされていると悲しい(でも中学生の感覚ではその通りだと思う)。人の心の動きを香りとして感じ取る力を持つ高校生の主人公が、その力に傷つきながらも誰かに手を差し伸べようとする、というのが基本コンセプトで、それを支える周囲の人がみな善人なので安心して見ていられる。こちらが照れてしまうほどの「雪弥さん」のイケメンぶり。中学生のころの妄想がそのまま形になったかのような……。
 香乃が、傷ついていたのは自分だけじゃなかった、自分は思ったよりも周囲に心配されているし愛されている、と気がつくくだりがよかった。それが、雪弥さんの抱える苦労と孤独にもリンクしていて、香乃から雪弥に対して「あなたはひとりじゃない」と声をかけるシーンに説得力を与えているところはもう様式美。エピソードもどれも面白かった。やっぱ、連作短編って最後にこれまで登場した人物総出演させなきゃあかんな、と思わされる最終話。あー、うめ〜、勉強になる〜と思いながら読んだ。そういう若干邪な気持ちはありつつも、物語にはすっかり入り込んでしまって、涙が出てきて読書を中断することが頻繁にあった。私はけっこうベタな感動ストーリーに弱いので。この、「こういう世界観ならある程度シリアスなことが起きても最後は大団円でしょ」という信頼感というか、線が引かれていて安全なところで楽しめる感、この物語はあなたを傷つけません感って読者にとっては一定の需要がありそうだなと思ったし、実際私はそうやってこの本を手に取ったと思う。こちらの領域にまでズカズカと爽快なまでに侵入して傷をつけてくれる作品も大好きだし、そういうものを楽しみたいときもあるけど、もちろんそうでないときもあって、そこに優劣は当然ないし。あと、やっぱり大学生が伊坂幸太郎作品みたいに縦横無尽に活躍していると嬉しくなりますね(他作品で例えてすみません)。
 5巻で完結しているらしいのも嬉しい。見届けようかなという気持ちになった。
・40文字×16行で、301ページ。会話文も多いので、大体15〜16万字くらいなのか? 4〜5万字の短編×4本って感じだろうか。ボリューム感の参考のためにメモしておく。
・ユカリだけなんか他の登場人物とタッチが異なるというか、あれは完全に作者の趣味を忍ばせたキャラクターでは? と思ったのだがどうだろう。