ビスク
「好き、嫌い、好き、嫌い」
『好き』
祖母もセキセイインコを飼っていたらしい。祖父の管理下に置かれた家の中で自由にピチピチ振る舞っていたのはそのセキセイインコだけだった。主に世話をしていたのは母だったらしいが、小鳥を買ったのは祖母だ。「あまり懐かなかった」と母は当時を振り返る。餌を替えるときに指を噛まれるから、いつもこわごわと檻に手を突っ込まねばならない。言葉を教え込もうとしたが、全く聞いてくれないのでいつも母は裏声で『好き』とインコの声真似を自分で言いそえた。
「寒い場所にいたから死んだんだ」
九州も冬は冷え込む、それでもインコは人間ではないから暖かい部屋へ入れてもらえなかった、インコたちは丸まったま、眠るように凍死した。兄は母を責めた。兄が言うには鳥が死んだのは母のせいなのだった。祖父は終始無関心だった。
小学四年生のクリスマス、箱を開けると小さなセキセイインコが二羽入っていた。私は嬉しかったけど、戸惑いもあった。別に生き物を頼んだわけではなかったから。そんな無責任なこと、思いつきもしなかった。サンタさんからの言いつけに従って、私は鳥を飼い始めた。しかし所詮は小学生である。実際に買っていたのは母であった。母は言葉を教え込もうとした。
「好き、嫌い、好き、嫌い」
「かわいいね」
果たしてインコは喋らなかった。あとで知ったことだが、複数で飼うと言葉を覚えにくいのだという。仲間がいることの安心感があるのか、無理に人間の側にすり寄る必要はないということだ。結局、白いのは卵詰まりで死んで、緑のは私が餌やりを忘れていたから死んだ。私が殺した。でも、さもすべての罪が自分にあるかのような母の悲しみように、私は少し引いた。私が忘れていたのなら、母が代わりに餌をあげればよかったではないか。私にはこの人が、鳥の餌やリを忘れるような人間には思えなかった。だから、私は今でも、母が故意に餌をやらなかったのだと思っている。
センターには動物など持ち込めないから、いつも動画だけだ。寝たきりになった母を訪問するとき、私は愛鳥のビスクの動画をお見舞いに持っていく。ビスクは保護鳥で、かつての飼い主はさぞ愛情深かったに違いない、我が家にやってきた時点で、かなりの言葉を覚えていた。興味深かったのは、ビスクが花占いをできることだった。
『ビスク、いくよ』
動画のなかの私がコスモスを手にビスクの方を見やる。私がコスモスの花びらを千切ると、ビスクがあとに続いて、
『好き、嫌い、好き、嫌い』
と首を振りながらおしゃべりする。花びらは最後の一枚になった。
『好き』
ここまで来るのに三代かかったね、お母さん。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.