【Nook&Book】ふつうの人が小説家として生活していくには

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私には悩みがありました。最近、といわずここ何年も、なかなか本が読めないのです。どうしても本のページを開くことができない。積読だけが溜まっていく。読み始めても集中できない。原因をずっと考えていました。そしてようやく、自分の本が読めない理由を突き止めました。自分が常に世界に対して臨戦態勢をとってしまっていることに起因しているのではないかという仮説です。臨戦態勢とは言うものの、攻撃をしかけようというのではなく、防御のためなのです。おそらく虐待されてきたからか、常に、過剰に緊張してしまっている。日常生活を送っているだけなのに心が戦場にいる。その身体の癖が抜けず、自室でさえ十分に落ち着ける場所とは言い難い。そういうことに気がついたのです。
読書というのはかなり無防備な状態で行われるものだと思っています。安心できる環境でないと、本の世界に没入することはできません。これが私の中ではけっこうハードルが高かった。安心して読書できる体勢、場所、時間帯をずっと探し求めていました。
ある日、ようやく見つけました。意外なところにそれはありました。自室の、さらにクローゼットの中。そこにランプを持ち込んで、クッションを敷いてブランケットを持ち込む……。私は昔から狭いところが大好きでした。キッチンの下とかに身を滑り込ませることがよくありました。クローゼットを閉めて、ランプの光を灯しました。あ、いける。と思いました。試しに本を開いてみたら……驚くほど集中できる! 本当に嬉しかった。静かで、誰にも害されない場所をようやく見つけることができたのです。
Nookとは、自分だけの居心地の良い角っこ、こぢんまりとした避難所といった意味。私のヌックは自室のウォークインクローゼットの中ということになりますね。70×70cm程度の隙間に入り込んで読書をします。それが一番捗るのです。
この読書の記録をどこかに残しておきたい……そう思い「Nook&Book」という企画名でやってみようと思いました。
というわけで、Nook&Book は、藤井佯がクローゼットの中で読んだ本の記録です。ヌック(自室のクローゼット)の中で読んだ本を読書メモとともに紹介します。
第1回は、津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』です。
もともと津村記久子の小説は『ポトスライムの舟』を読んでいます。『水車小屋のネネ』は積んでいます。ヨウムが出てくる小説とのことなので早く読まないと……と思っていたのですが、前述の理由もあってなかなかページを開けずでした。
『ふつうの人が小説家として生活していくには』、なかなか流通しておらず、取り急ぎ在庫のあった葉々社さんの通販ページを貼りますね。
https://youyoushabooks.stores.jp/items/693bd53f748c7e91452b6f79
紹介ページの引用です。
小説家に聞いた4日間。生きるヒントにあふれるインタビュー。2005年に太宰治賞の受賞作『君は永遠にそいつらより若い』でデビューした津村記久子さんは今年、デビュー20周年を迎えます。休むことなく、『ポトスライムの舟』、『ディス・イズ・ザ・デイ』、『つまらない住宅地のすべての家』、『水車小屋のネネ』などの傑作を発表し続けた作家はどのように暮らし、どのように小説を書いてきたのか? 同世代の編集者が共通の趣味である音楽、サッカーの話をまじえながら、その秘密を根掘り葉掘り聞きました。「オープンソースだけで仕事をしてきた」と語る「ふつうの人」がなぜ、唯一無二の作家となったのかを解き明かす、元気が出て、なにかを書きたくなる、ロング・インタビュー。名言がたくさんです。
とのこと。島田潤一郎が聞き手として4日間、津村さんにインタビューします。幼少期のことに始まって(幼稚園が一番辛かったかも、と言っていて衝撃)、「全体的に二、三歳早い(島田)」中高生時代を過ごす様子が語られます。もう面白い。大阪の青春っていいなあという感じ。
紹介文にあった通り、「これはメモしとかなきゃ!」と思わされる語りがたくさん出てくるので、急いで付箋を取りに行きました。

壁に付箋を貼ってみました。これは本来、本や手帳の表紙の内側などに何度も貼って剥がせるようにつくられた付箋で、サイズも色も良いので気に入っています。今回は、クローゼット内で多く読書することになるのを見越して壁に貼って使ってみました。
長編を読んだり、持ち運ぶ本を読んだりするときは直接本の内側に貼ってしまうのが良さそうです。値段もお手ごろでカラバリもかなり豊富で可愛いです(私は5個まとめ買いしました)。
引き続き読み進めていきます。
たとえば48ページ。
——反センス?
なんていったらいいかな。本読んだり映画観たり音楽聴いたり、漫画すごく読んだとかでもいいかもですけど、あと周りの人とちゃんと話すとか、そうやっていろんなストーリーとかナラティブを吸収して、それを現実の社会と照らし合わせて、どの部分で自分が騙されてるのかとか考えたり、どの程度信頼できて、どの程度信頼しなければ現実的かを考えるとかっていう習慣のない人たちが、自分の不安とか、潜在的な欲求を抑制せずに解放するような生き方の逆襲みたいなんが、主に政治方面にあって。
——反知性、反センスということ?
反知性的なことでもありますね。賢くなろうとしなくて何が悪い、っていう。
——ああ、なんとなくわかるような気がします。
まあ、賢くなくても、賢くはなりたいわけですし、その過程でいろいろ拾うじゃないですか。だから反知性とかもよくわからないですよね。その、物事を追う力とか掘る力がなくても生きていきたいっていうことでしょう? でも、あほの自分からしたら、追うとか掘るとか大した力じゃないし、あほの自分でもやれんねんからやれよ、みたいな。
これすごいなと思いました。私もよく「私でもやってるんやから、やれよ」みたいに思ってしまうことがある(根がマッチョなんです)んですけど、津村さんから言われたら「はい、やります!」と言わざるを得ない。これは、「掘る」力(ディグる力)についての対話の部分で、掘るってことをしない人が増えたよねという文脈です。津村さんはこの本を通して一貫してそのことをずっと言ってます。
自分に合う音楽を聴きたいと思えば、どこへ行けば聴けるのかっていうことを知っているし、わからなくても探せばあるぞということを信じられている、っていうことです。
(p.51)
えーと、この本がおもろいんかはわからないし、この音楽がいいかはわからないけど、読んでみようか、聴いてみようかって思うことができるやつっていうのは、自分の「これや」っていうコンテンツにたどり着くまでが、ギャンブルしないやつより圧倒的に早い。
(p.189)
ケチはだめですね。ケチはつまらんと思います。世の中でウケてるかウケてないかとか、他人がどう思ってるかとか、どれだけ自分の気持ちを接待してくれそうかでコンテンツを選ぶ人っていうのは絶対につまらん。つまらんし、そんな人が自分の人生つまらんって言っててもなんも同情しいひん。私は不幸やとかって言ってても、なんも同情しいひん。それは感情的にケチやからやろって思う。
(p.191)
読んでて気持ちよかったです。いい小説家だな〜と思いました。
一方で、それはどうやろなと思った箇所。
——それは住まわれている場所とかそういうことも関係あるんでしょうか。
関係あるんじゃないですかね。どっかの変わった国に行くとかそういうんじゃなくて、家から二千円以内の電車賃で行けるようなところでちゃんといろいろ見て経験を積め、みたいなんはあります。場所は好き嫌いはあってもすべて等価だし、日本語で日本人が出てくる小説を書く以上は、どの場所も見る意味がある。人に言える経験かはしらんけども、とりあえずいまこの土地でこれを見てる作家は自分だけやろ、みたいなのはやっとけと思っています。
(p.128)
言わんとすることはわかるし、「家から二千円以内の電車賃で行けるようなところ」がパンチラインではあるのですが、これは大阪で生まれ育って今も住んでる人の視点やなと思いました。電車がまずないねん。電車がなくてもこの話自体は成立するけれども、「場所は好き嫌いはあってもすべて等価」かもしれんけども、それは好きな場所に住んでて、移動の自由もあるからこそ言えることやで、とはちょっと思いました。故郷喪失アンソロジーの編者としては、ですね。
沈んだ名 故郷喪失アンソロジー(私の手元には残り6冊となったでおなじみ、故郷喪失アンソロジーのリンクも貼っておきます)
友達とも話してたんですけど、ケアは技術だっていう。だから親切に近いものではと考えていて。で、才能ではなく技術なんだから、それはだれにでも開かれているっていう。
(p.158)
これも、そうやなと頷きつつ、開かれているという言葉が絶妙やなと思いました。みんながみんな、自分や周囲3メートルをケアできる技術を持てたなら幾分かマシな世の中にはなったでしょうねと思いつつ、本当にケアは開かれているか? ということを疑問に思いました。私は「ケアをひらく」シリーズでも読んだ方が良いのかもしれません。
他に興味深かった箇所としては、二〇〇〇年代から今現在までに通底する視点。
なんか月の土地の権利を売るみたいな感じがいちばん似てると思うんです。でも、月の土地よりずっと少ない額で関与できる。お金を出せば誰かの人生をコントロールできますよっていうことが二〇〇〇年代の最後に普通になってきた。でも、完全に他人の人生をコントロールできることなんてありえない。コントロールできるのは、ほんとうは自分の人生だけだったんですよ。でも、もしかしたら自分の人生をコントロールしにくくなっていく時期っていうのと、コントロールさせてあげるよっていう権利を売ろうとする時期っていうのが重なったんかもしれないですね。
(p.172)
推し活なんかについても視野に入れて発言されているのだろうなと思いました。本当に大変な時代に生きていますよね我々は。
やっぱ、個人的に一番良かったのは、「ケチはつまらん」のくだりだなと思いました。本当にその通りなので。しかし、感情的にケチという状況は、自分でなりたくてそうなるわけではなかろうということも容易に想像がつくので難しいですね。本当にその人の責任か? という(そもそも責任ってなんだ? ということが私にはずっとわからないわけですが)。なるべく、ケチにならずにやっていけたらなとは思います。
というわけで、Nook&Book、初回は津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』でした。
もう一度リンク貼っておきますね(ちなみにこのリンクはアフィリエイトでもなんでもないので、ここから買っても私には一銭も入りません。付箋はリンクから買ったら幾らか私の手元に入るよ、多分)。
https://youyoushabooks.stores.jp/items/693bd53f748c7e91452b6f79
初回のチョイスとしてかなり良い本を引き当てたのではないかと思います。引き続き、この取り組みはやっていきたいので応援よろしくお願いいたします。
次は、稲垣諭『絶滅へようこそ』を読む予定ですが、けっこう分厚いので途中で別の本挟んだり、まったくこの予告とは別の本を読んだりする可能性もあります。というか、かなり創作の種本という感じがするので(まだ読んでいないけど)、読書記録書くの緊張しますね。乞うご期待。
あ、あと、ビーズクッションを買ったので、次回はクローゼット環境がさらに改善される見込みです。狭いので長時間(さすがに3時間はいられないんじゃないか)居続けるのが難しいのも、むしろ集中力が増す要因になって良い感じな気がしています。
今のクローゼット環境はこんな感じ。充電式のデスクライトを買って、電源タップのないクローゼット内でも明るくなるようにしています(本当は、クローゼットにはそもそもシーリングライトがついているのですが、自分の周りだけ明るい方が安心するじゃないですか……それで、クローゼットの電気は消した状態でデスクライトだけつけて滞在しています)。クリップで適当にラックに固定して、光の色もタッチ式で三種類(暖色・白色・混合)選べて良い感じです。私は暖色を使っています。
以上、「Nook&Book」第1回でした! ありがとうございました!



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