鳩造りの工程(試し読み)

2023-12-27Works小説

「鳩が造れることを発見したわ」
 宮野ほまれがそう言ったのはある冬の放課後だった。小倉おぐら闇子あんこはいつものように「ふうん」と心ここにあらずな返事をした。二人は学園のベンチに座っていた。今日は図書室が書架整理のため閉室していたので、二人はこうして枯れた噴水を囲むベンチに並んで、何をするでもなくぼんやりしている。二人の前を一羽の鳩が通り過ぎていった。
 突然、誉が素早い手さばきで鳩を捕獲した。そして、こともなげに脚を引っこ抜いていく。すぽっと間抜けな音がして、鳩の脚が外れた。そして誉は鳩の嘴を開けたり閉めたりして、しばらく鳩をぐるりと眺めるとこう言った。
「学園の鳩は造られたものなの。でも粗悪品ね」
「そうだったんだ」
 そこで初めて闇子がそれらしい反応をした。誉の言うことはいつも正しかったので、闇子はそれを疑いもしなかった。
「さぞ酷い環境で造られているのでしょうね、でも私たちならもっと質の良い鳩が造れるわ」
 誉が提案して、闇子がそれに乗る。それが二人のお決まりのパターンだった。
「私たち、いまから造鳩部を名乗りましょう。部室は茶道部の隣が空いているはずよ」
「そこは前に網棚切り倒し部で占拠したときに剥奪されたね」
「じゃあ職員室の地下にしましょう」
 誉がベンチから立ち上がり、すたすたと歩き始める。闇子はそれを追い、誉が穴を掘り始めるのをしばらく眺めていた。
「手伝うよ」
「いいの、もう少しで終わるから」
 誉が地面から顔を出した。穴をくぐると扉があり、扉をくぐると四畳半ほどの部屋がある。天井に紙コップを近づけて耳をそばだてると職員会議が聞こえた。
「庵野先生の机の真下ね、悪くないわ」
 誉が学生鞄からノートを取り出して、何やら書きつけ始めた。
「豆五百グラム、にがり大さじ二杯、ソブリン金貨一枚、子どもが失くした片足の靴……」
 闇子が読み上げると「丸をつけたものはあなたの担当ね」と誉がノートから顔を上げずに言った。
 闇子が誉と出会ったのは入学式だった。壇上に上がった宮野誉は新入生挨拶で学園に巣食う八体の幽霊の話をした。五体目の特徴、出現場所、出現条件、弱点などを話しているとき、大講堂が停電した。七体目の幽霊の出現条件が「入学式で幽霊の話をすること」だったので致し方ないことだった。大講堂はパニックに包まれたが、
「巻き毛で赤毛のあなた」
と、マイクもなしによく通る声で誉が指さしたのが闇子だった。
「七体目の幽霊は、巻き毛で赤毛の新入生が早口言葉を無事に言い終われば除霊できるわ」
 誉が言った。
「新設診察室視察瀕死の死者四捨五入の祝詞トルコの刺客市か区か知覚過敏でヴォッ……」
 闇子は途中で噛んだので、新入生の半分は七体目の幽霊に食われたのだった。
 そんなこんなで二人はいつも一緒にいるようになり、放課後は新しい部活を作っては生徒会から廃部を言い渡される毎日を過ごしていた。
「できたわ」
 誉はリストを部屋に張り付けた。そこには鳩造りの工程が書かれていたが、最後の部分は誉にのみ読める言語で書かれていたので闇子には読み解くことができなかった。
「探しに行きましょう、鳩の材料を」
 材料にオーストリア産のシーグラスがあったため、闇子はヨーロッパまで行く羽目になった。紆余曲折ありつつも、すべての材料が手に入ったので二人は地下に籠もった。
「最近やけにおとなしいじゃないか、怪しいな」
 移動教室で生徒会長の壊縷紗えるしゃ金剛ダイヤとすれ違ったとき、闇子は目を背けた。
「先輩を無視するな! お前、決闘だ!」
 壊縷紗会長はこうしてよく決闘を申し込んでくるが、闇子は常に勝利している。今回は五芒星描画対決だったが、壊縷紗会長のそれはどう見てもウニでしかなく、副会長の屋根原先輩も「これは小倉闇子の勝利ですわ」と素っ気なく言い放つほかなかった。うううと涙を流す壊縷紗会長を残し、闇子は「じゃ、用事あるんで」と生徒会室を去っていく。
 地下部屋に行くと、誉が「できたわ」と鳩を胸に抱いていた。それはどこからどう見ても鳩でしかなく、鳩としか言いようがない鳩だった。
「すごいね」
「これから少しずつ学園の鳩を本物の鳩にすり替えていきましょう」
 誉は鳩を放鳥した。
 こうして冬の間、造鳩部はひたすら鳩を増産した。全校に散らばる鳩三千五百六十七羽のうち、二千八百九羽の鳩を造鳩部製の鳩にすり替えたところで、ようやく生徒会に勘付かれた。
「お前たち、またよからぬ企みをしているそうだな」
 壊縷紗会長が穴を見つけて部屋に突撃してきたころには、二人はすべての材料とレシピを別の場所へ移管していた。しかし鳩については、闇子が鳩を放鳥している姿を新聞部に撮られたことを決定打として、生徒会は二人を鳩七割八分入れ替え事件の容疑者として追及する方針を取った。
「隠すことなんてないわ」
と誉が言うので、闇子は「私たちがやりました」と言った。壊縷紗会長の表情はますます険しくなり、ぷるぷると震えだしたかと思うと、絞り出すような声が聞こえた。
「……どこへやった」
 二人は顔を見合わせて何も言わない。
「生徒会謹製の鳩二千八百九羽をどこにやったのかと聞いているのだ!」
 これに関しては、二人も知らなかった。
「一羽造れば一羽消えます。これが自然の摂理です」
「摂理だと?」
「きっと不完全な鳩が集まる星があるのよ」
 誉が言った。
「ふざけるな!」
 壊縷紗会長により、造鳩部は廃部となった。
 同日、宮野誉は失踪した。
 

                        (続く…)

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