南の涯ての

Works,戯曲,

 ◆エミューに跨がる夢を見る
 暗がりに駆けるプラントハンター
 コンクリートの隙間から萌ゆる植物を鑑識する
 ピアノの音、極楽鳥が啼いた
 分け入っても分け入っても、薄緑の幕
 音色の奥までたどりつけない
 極楽鳥はじっとこちらを見ている
 
◆エミューの星座をご存知ですか
 南の天球にあって その姿は暗黒
 コールサックの胴体が
 光を追いかけている
 エミューがやってくる
 二、三、四、数えるのをやめる
 エミューたちはなぜ来ないのかと首を傾げる
 プラントハンターはそれぞれのエミューに
 それぞれの花輪を贈る
 首から珍奇な花を提げてエミューは
 喜び勇んで駆けはじめる
 その営みには終わりが見えない
 
◆極楽鳥が舞い降りる
 遥か彼方の高山にあって その姿は幻
 プラントハンターに寄りそう
 プラントハンターの手は乾いて
 植物を与え続けることでかろうじて
 そのみずみずしさからわずかな潤いを得て
 やがて枯れた大地からささやかな芽が覗いて
 ピアノの音が流れ始める
 極楽鳥はピアノの鍵盤にとまり
 音をくわえては呑み込んだ
 
◆鳥の絵を描いている
 プラントハンターは石を削った
 粉になった地球から鳥のかたちが象られた
 極楽鳥はプラントハンターの前で
 動かなかった 緑のしじまにあって
 その姿が紙にうつしとられるのを ただじっと眺めていた
 やがてプラントハンターは筆を止める
 一羽のエミューが戻ってきた
 極楽鳥花の花輪は枯れて 千切れて
 それでもかのものの首に引っかかりつづけ
 エミューはくつろいだ
 ここが最後の場所になるとは考えなかったからだ
 
◆プラントハンターは絵を描き終えた
 その絵は精緻に特徴を捉えていたが
 プラントハンターはそこに植物を描き加えはじめた
 星に返す神々のやさしさを
 この時間はまだ引き延ばしていた
 極楽鳥は色、すべてが色なのだと啼いた
 エミューは首をつきだして何も言わなかった
 プラントハンターは移植をはじめた
 ピアノのまわりに種を蒔いた
 そうしてエミューに跨がって去っていった
 新たな植物を見つけるためかもしれないし
 どちらにせよ そこへ戻ってこられるかは
 誰にもわからなかった
 
◆極楽鳥は絵にされたことによって
 そのなかでも動き回ることができたから
 プラントハンターについてまわった
 プラントハンターは新たな植物を見つけては
 それを極楽鳥へ献上した
 エミューはからだが暗黒になってきたので
 そろそろ空へと昇らねばならなかった
 プラントハンターはエミューと階段をのぼった
 一本の神樹が生えており 宇宙には
 そこでは形が定まらなかった
 ピアノの音は遠く離れていたので
 氷になって降りそそいだ
 氷のつぶては神樹にぶつかると
 たちまち融解して芽をひろげた
 プラントハンターは眠っていて
 目が覚めるとからだが草木にからまっていて
 自らのさだめを知った
 絵のなかの極楽鳥は性別をもたなかった
 極楽鳥はプラントハンターをじっと見ていた
 
◆エミューはコールサックに帰っていった
 極楽鳥花の花飾りは 六等星のまたたきになって
 地上からは目にすることが難しい
 プラントハンターは微睡んでいて
 エミューに跨がる夢を見た
 
◆そのとき、ピアノが鳴った
 
◆極楽鳥たちがピアノのもとへ集まってくる
 輪になって そこには性別がなかった
 極楽鳥たちは透明になって 草木を編みはじめた
 プラントハンターは持ち帰る故郷を忘れ
 名も涯てへと置いてきてしまったから
 もうプラントハンターではなかった
 かつてよりそっていた巨大な鳥のことを思い出した
 極楽鳥たちがエミューのかたちをつくりあげた
 もう集めなくてもよくて
 ここにすべてを写しとることができた
 
◆草木ではコンクリートはつくれなかったから
 夢の中でつくることにした
 夢の中にもピアノはあって
 極楽鳥たちが透明なダンスを舞っていた
 一番高い鍵盤が押されて
 極楽鳥たちは一斉にこちらを見た
 しかしすぐに興味を失って
 かのひとは納得した
 
◆かのひとは島をつくった
 かのひとは砂漠をつくった
 かのひとは山をつくった
 かのひとは川をつくった
 かのひとはなにもかもをつくりあげたが
 にんげんだけはつくりませんでした
 
◆独楽は回転を止めなかった
 花火は火花を枯らさなかった
 ピアノを中心として部屋がゆっくりと回転する
 そうして小さな足音に会いに行く
 それはずっと聞こえていた
 かすかに しかしはっきりと
 
◆かのひとは裸足になった
 極楽鳥たちが見守っていた
 エミューには跨がらなかった
 草木を踏むと 空間が青くなった
 足跡がついて
 それはだんだん大きくなった
 いずれ大地から落っこちて
 足跡は重力の外に放り出される
 それでも足音を響かせなければならないから
 かのひとは星をつくった
 
◆星にはこれまで集められてきたすべての植物と
 エミューと極楽鳥がいて
 ピアノはなかったのであとからつくった
 星の絵を描くには
 星の大きさだけの紙が必要だったから
 かのひとは大地にそのまま絵を描いた
 
◆ある日 足音がした
 銀河の向こうから透明な足音がやってきて
 星はにぎやかになりました
 足跡が絵になって
 それはやがて文字になった
 極楽鳥たちはそれをじっと見ていた
 エミューは足音を追って見えなくなった
 
◆エミューよりも大きな鳥がいたらしい
 極楽鳥よりも複雑な鳥も かつていたのかもしれない
 
夜の博物館に忍び込んで片っ端からガラスを割っていく、鳥たちの剥製が、そのあとから填められたガラスの目が、こちらを見ている、その女の目的は誰にもわからなかったが、その日博物館の外で夥しい数の足音が聞こえたと報告があり、近隣住民の誰もが寝られない夜を過ごしたという、それで誰もかれもそれは起こるべくして起こったのだと考えた、すなわち盗まれた宝は取り戻され、あるべき場所へと還されるさだめであった、ガラスを割る音があたりに響く、足音は整頓されていない、誰もかれもが気ままに歩き回り、ぺたぺたと、とすとすと、あるいはさくさくと、それは裸足で、裸足の足音で、ガラスの音はだんだんとピアノの音にも聞こえ始め、それはやがてピアノの音には聞こえなくなり、ガラスを踏んでも足音たちはひるみもせず、血も流さず、ただじゃりじゃりと歩き回って、だんだんと輪になって回りだすようにも聞こえ、博物館の順路に沿って行進が行われた、出口までたどりつくと入口に再び合流し、その間にもガラスは次々と割られ、数々の収蔵物が新しい空気にさらされ、そうしたことが、あらゆる博物館で起こった、その夜のことをにんげんたちは忘れることはないだろう、それすらも忘れてしまったら、にんげんはにんげんをやめて土へ還ります、還されるでしょう、ガラスはあちらこちらに飛び散って、足音に流され、透明な海岸のようにもなって、足音は波の音のようにも聞こえてきて、その瞬間を防犯カメラだけが捉えていたが、肝心の実行犯の姿はどこにも映らなかった、やがて足音は静かになり、ガラスもすべて割られきったあとで、オスの極楽鳥の剥製がそっとなにものかに抱き取られ、そうして博物館から運び去られた、それと同時に起こった出来事として、エミューの大脱走が挙げられる、同じ夜、エミューたちは一斉に騒がしくなったかと思うと、誰からともなく牧場の、動物園の、檻や扉を開けて、ぞろぞろと外へと飛び出していった、エミューたちは、ウォー、ボンボボンと啼きながら、どこへともなく歩き始め、合流して、エミューの群れはやがて透明な足音たちと入り交じり、空へと歩みを進めて天球までのぼっていった、そのときコールサックが蠢いてエミューたちを招き入れたので、その動きに呼応して極楽鳥花の星がまたたいた、生きた極楽鳥たちの話もしておくと、かのとりたちはもう剥製にされることがないように、剥製になった仲間たちとともに昇っていった、すべては色だったが、それは暗黒のベールに包まれて、こちらからでは見えなくなった、足音が色を見つけることもなかった、そうしてまた朝がやってくるが、にんげんはどうする、にんげんはなんだ、にんげんは独楽を回し続けられるだろうか、鍵盤をそっと押したときの音にすべてが包含されていることに、にんげんは気づくことができるだろうか、裸足になれるだろうか、にんげんたちは。