鳩屍に一生
現代だとなかなかお目にかかる機会はないだろうけど死霊術師なんてのはどこにでも当たり前にいるもので、とはいえ終戦後に人間で僵尸を作成するのは表向きには禁じられたものだから、いま私たちが何を操っているかというと、たいてい鳩であることが多い。
鳩のキョンシー、ハトョンシーは万能だ。まず、鳩なんてそこら中にいるからマジ目立たない。大抵の人は、ハトョンシーを目にしても「なんだ鳩か」で済ませちゃう。そりゃ日光を浴びられないハトョンシーが活動するのは夜中だから、真夜中に鳩だなんて不吉だのなんだの言う人は見たことあるけど、その通り不吉なものだからこちらとしてはそうですねとしか言いようがない。そういえばあなた鳩の死骸って見たことある? ないでしょ? なんでって、鳩が死んだら死骸捜索隊のハトョンシーからすぐ連絡が来るようになっているから。死骸は直ちに回収してわたしたちがハトョンシーに造り変えている。だから鳩からすれば、死んだ次の朝にはもうハトョンシーってわけ。しばらくは身体がガッチガチで動かせないけど、だんだん柔らかくなって飛べるまでになるから、そうしたら早速訓練して仕事を与える。ハトョンシーは索敵に超向いていて、わたし髑ポ川闇子もハトョンシーの使い手の一人なわけだけど、わたしの仕事だって専ら探偵業と何ら変わりはない。ちょっとだけ夜にまつわる仕事が得意だってこと以外は、迷子探しをしたり、借金の取り立てを手伝ったり、有名人の精子を運搬したり、さつ……あ、これは言っちゃダメか。
「お前さ、ミャ鬼に何かした?」
わたしに死霊術のぜんぶを叩き込んでくれた敬愛する先輩、壊縷紗金剛姉さんから電話が来たのは、依頼で浮気の証拠を得るべくハトョンシーをラブホテルに放っていたときだった。
「ミャ鬼ぃ? 全く心当たりないっす」
「そ? なんかバチ切れてるらし。乗り込んでくるかも」
「乗り込むったって、連合が許さないでしょう」
「離反したんだってよ、連合が秘密裏に作成してた改造ハトョンシー持ち出して」
意味わかんない。心当たりないって金剛姉さんには答えたけど半分ほど嘘で、最近暗号ハトョンシーの暗号を紛失することが多かったから強奪かな? って嘘の情報混ぜといたってのはある。そのせいで殺しの仕事でもしくじって逆恨みってとこか。わたしの所属する池袋返鳩隊は平和主義なんでこっちから何かすることはないけど、向こうがその気なら撃退してやらんこともない。にしても埼玉燦鳩連合もよくやるよ、改造ハトョンシーだなんて。参っちゃうわ。……と思いながらドンキ出たらさっそく撫滑ミャ鬼が待ち構えてて、深夜四時だし周囲に人気ないしで格好の標的ってわけ。
「お、ま、え、お、ま、え、おまえおまえおまえおまえ」
ミャ鬼が手を振り上げるとバサバサと巨大化したハトョンシーが十体姿を現した。ポーターの改造種。大きさはトビくらい? なんちゃないけどちょっと警戒。わたしの周囲に護衛ハトョンシーが舞い降りてきて八角の陣をとる。
「あんたの自業自得だろ」
「知るかばかヴァレンシアガ。お前の鳩、全部もらうから」
ミャ鬼が手に持っていた香水瓶をワンプッシュする。次の瞬間、護衛ハトョンシーたちがミャ鬼の方へ擦り寄ってわたしに敵対視線を向けてきた。禁術⁉ 間違いない、あれはどんなハトョンシーでも魅了するという「靡き鳩」の術だ。実在したとは。鳩モテおつかれさん。
「あちゃー、やったね?」
靡き鳩は生きた鳩にも効果を及ぼす。塒で眠っていたはずの生きた鳩たちも爛々と目を輝かせてこちらへやって来た。激しい羽音。空がどす黒く染まる。ファフロツキーズ? なんかそんな感じで私に一斉に鳩が襲いかかってくる。そのときわたしの胸ポケットから一羽だけハトョンシーが顔を出した。しろ。わたしが████して作成したハトョンシーだ。こいつだけは靡かずわたしの味方でいてくれるらしい。しろから生成されたピジョンミルクを呑みほした。
身体強化——鶴岡。
「ごめーんほんと!」
わたしはドンキで買った突っ張り棒をブゥゥンと振り回した。突風で鳩たちが吹っ飛んでいく。ついで、しろが超音波を出す。鳩の磁覚を狂わせてしまう恐ろしい唄。ミャ鬼の周囲にいた鳩たちが一斉に混乱する。恐怖に駆られたハトョンシーたちはミャ鬼に襲いかかった。
「おい、やめっ! ころす! 次は絶対殺すかんな!」
退散するミャ鬼の背後から朝日が昇る。ハトョンシーたちは眠りにつく。道中死体だらけ。また仲間が増えたね。
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