虹描く羽根
黄金の草叢を二つの影が横切ってゆく。老人と、その後ろに少女。老人は右腕を掲げながら進む。その手には羽根が握られていた。それは、吸い込まれそうなほど深い青色をしている。二人が通り過ぎたあとには一本の線が引かれた。上から赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の光の筋。青い羽根から滲み出す虹が、いつまでも消えることなく空中に静止していた。ありえない位置に出現した七色の光は、きらきらと太陽を受け輝いている。
「休憩だ、マナ」
マナと呼ばれた少女が音もなく立ち止まった。背後を振り返り、虹が途切れていないことを確認する。それからマナは老人に古い壺を差し出した。中は清らかな水で満たされている。老人は青い羽根を水に浸した。その間も羽根から手を離すことはない。
「いいかマナ、このルリツグミの羽根を決して傷つけてはならぬ。奪われてはならぬ。儀式を途切れさせてはならぬ。それが、我々一族の使命だからだ」
「承知しております、長」
このやりとりも、もう何万回目か知らない。
ルリツグミの名を持つ鳥。その青い鳥は遠い土地で「虹の発明者」と呼ばれている。ルリツグミたちが絵具にまみれ戯れていたとき、大きな滝を横切った。その身体から滲んだ絵具は水に触れ、空に色とりどりの帯を架けた。それが虹の始まりだった。
老人が肌身離さず持つ羽根は、呪具であった。虹は架け橋である。その青い羽根は、二つのものの間に関係を築く魔力を秘めていた。橋が架かればそこに新たな流れが生まれる。何かを差し出し、何かを受け取るということ。それは、幸福の流れを生み出す道具だった。マナが羽根について知っているのはそれだけだ。彼女の役目は、虹の始点と終点を繋ぐこと。一族はそのために長い旅を続けてきた。古い地図に従い、線を描くべき場所を駆けた。困難な旅だった。敵がいたのだ。一族の大半が、その追手によって命を落とした。マナの両親も殺された。一族が長とマナだけになってからも、その儀式はこうして粛々と続けられている。少女はただ、己の役割を引き受けるのみである。
「……満たされたようだ」
老人が厳かに呟いた。壺から取り出された羽根は、艶やかな群青色に染まっていた。空に筆をなぞらせるようにして、二人は再び風となって駆け始める。
「オリベ・ククだな」
殺風景な地下室。軍服に身を包んだ男たちが細長いテーブルを囲んで着席している。辺りは薄暗く、彼らの表情は窺い知れない。
軍服たちの視線は一様に部屋の入口へと注がれていた。痩身の男が立っている。呼び掛けに反応し、男は部屋の奥を見やる。声の主がもう一度尋ねた。
「返事をしろ、魔術師」
「そうですが」
魔術師と呼ばれた男——オリベは、不機嫌そうに言った。深草色の髪に灰色の目が沈んでいる。黒尽くめの衣服にすっぽりと覆われたその様は、くたびれた烏のようだった。彼は終始、気怠げな表情で両手をぶらぶらと揺らしている。軍服だらけのこの会議室で、その佇まいはやけに浮いていた。
「人をいきなり拉致なんかして、一体何なのです」
だん、と机を叩く音がした。
「貴様! それが参謀総長への口の利き方か!」
手前に座っていた若い男が憤るのを、最奥の男が手で制した。
「よいのだ。それについては手荒な真似をしてすまなかった」
若い男はまだ、オリベを睨みつけている。彼はわざとらしくため息をついた。参謀総長が口を開いた。
「貴殿にとある事件の解決を頼みたい」
オリベの表情からはどんな感情も読み取れない。
「『ルリツグミの羽根』を知っているかね」
「聞いたことくらいは。実在しないものと思っていましたが」
参謀総長は頷いて説明を始めた。テーブルの上に散乱していた大国の地図や資料をスライドしてオリベの方へ寄越す。彼はぎこちなく上体を屈めて紙束を受け取り、軽く目を通した。
数ヶ月前、国境沿いで不可解な虹の発見が相次いだ。虹の帯はちょうど人の胸元ほどの高さで静止し、どこまでも果てしなく続いていた。どのような方法を用いてもかき消すことができず、また触れることもできない。調査の結果、どうも国境をなぞるようにして虹が繋がっていること、この虹が『ルリツグミの羽根』という呪具によるものであることを突き止めた。大国の外縁を踏破するには少なくとも数年かかるはずだが、最近までそれは巧妙に隠されていたということだ。
「我が国と対立する某国の、呪術師一族の仕業であると我々は睨んでいる。数ヶ月前、国境沿いで不審な動きをしていた異国の民を拘束し、処刑した。虹の報告が上がってきたのはそれからだ。処刑した中に、虹を隠す能力を持った呪術師がいたものと考えられる」
参謀総長は両手を組み、真っ直ぐとオリベを見据えた。
「『ルリツグミの羽根』を使って彼らが何を企んでいるのか、貴殿の考えを聞かせてもらおう」
資料から顔を上げたとき、オリベの顔は強張っていた。
「その羽根が架ける虹は幸福の流れを生み出すもの。本来であれば、人と人とを繋げば循環する愛を、大地と川とを繋げば約束された豊穣をもたらす。しかしそれは理想的な使い方をした場合の話だ」
オリベはしばらく押し黙ったあとこう続けた。
「……たとえば、虹の始点と終点を繋げ『円』にするとどうなるか。つまり、この国を巨大な虹の円で囲むと一体何が起こるのか。虹によって空間は遮られ、円の内部は何ものとも関係を保てず孤立する。一方、円の外部は森羅万象と関係を結ぶこととなる。絶と全。閉じた円は、幸福の流れを著しく乱す。そして……」
彼は言い淀んだが、参謀総長に促され再び話し始めた。
「そして、流れが乱れた結果、虹の内部は全てが尽きるまでありとあらゆるものを差し出し続け、虹の外部は内部のもの全てを吸い取り続ける。調和は乱れ、大地は枯れ、資源や財産が外部へ流出し……いずれこの国は滅亡する」
どよめきが起こった。馬鹿げたことを、誰かこいつをつまみ出せ、罵声が魔術師に浴びせかけられる。俄に騒がしくなった会議室の中、張り上げずともよく通る声で参謀総長が言った。
「正しい」
会議室は静まり返った。
「逆の流れが起こる可能性もある。つまりこの国に全てが差し出され、この国以外が滅びる。しかしそれが起こる可能性は低い。それに、いくら国が栄えようとも、多大な犠牲のうえに成り立つ栄華は儚いものです。この二択に賭ける利点は何一つありません」
深遠なる魔術師は続けた。
「今まで打った対策は?」
「国境警備隊を中心に呪術師一族の抹殺命令を出した。残り二名にまで追い詰めたが、刺客からの連絡は全て途絶えてしまった」
オリベはそこで初めて感情を露わにした。
「危ないな、相手は呪術師だぞ。一族全滅により発動する類の、別な呪いを用意していないわけがない」
「それは重々承知している。我々も過ちに気づいたのだ。そこで貴殿に頼んでいる。稀代の魔術師、オリベ・クク。虹は壊せない、敵に直接危害を加えることはできない、円を完成させてはならない。……失敗は、許されない」
オリベはしばし沈黙していたが、「どうせ他に選択肢ないんでしょう」と伸びをした。
「ちなみに見返りは」
「貴殿から奪わないでいてやることだ」
「クソ、あのジジイ」
オリベは悪態をついた。参謀総長から寄越された地図に目を落とすと、円はほとんど完成している。計算によると、呪術師たちは残り七日ほどで虹の始点に辿り着くだろう。これまでにも無理難題を押し付けられたことはあった。しかし今回は事態があまりにも進行している。それは、相手取る呪術師一族が非常に優秀であることを示していた。
高峻な山岳地帯である。そこを抜けた高原に、虹の始点があった。オリベは大樹へよじ登り身を隠しながら、遠方に聳え立つ岩山を見つめていた。親指と人差し指で輪をつくり、その内部を覗き込む。輪の中で、険しい道を老人と少女が進んでいた。彼らとオリベの距離は五キロメートルほど離れているが、これ以上は近づくことができない。
「なんて勘してやがる」
輪中の老人を眺め、オリベは冷や汗をかいた。あと少しでも近づけば直ちに彼の存在は気取られ、二度と機会は訪れないだろう。老人と少女は、着実に道なき道を歩んでいる。そしてその後には細く美しい虹が尾を引いていた。空気がびりびりと振動しているかのような錯覚を受ける。丸めた指が痺れている。それは老人の殺気であった。オリベが稀代の魔術師と呼ばれる所以は、その豊潤なる魔力によるものではない。世界を見渡せば彼ほどの熟達者は数多いた。呪術師の老人もまたその一人である。オリベは老人と真正面から渡り合うことを避けたかった。
「おっと、そろそろポイントだ」
オリベは予備動作もなく、ヒョッと右手を動かした。親指と四本指をくっつけ、それからぱっと開いた。矢を放つのに似た動作だった。彼の照準は、老人らが歩いている道のりの、さらに遥か上方に定められていた。
岩山の頂上。荒涼とした風景の広がる岩場で、パチンと何かが爆ぜた。それは、小指の先にも満たないほどの石ころが弾かれた音だった。しかし弾かれた石はさらに大きな石を、その石はさらに大きな石を、順々に弾いていった。そして、岩山は静かに唸りを上げ始める。
少女は老人に置いていかれぬよう、必死にその後をつけている。足場は劣悪で、眼下に広がるのは底の見えない崖ばかりであった。一瞬の油断が命取りになることをマナは肝に銘じていた。それと同時に、虹が途切れていないか、敵襲がないか、常に周囲へと注意を払わなければならない。無意識に、彼女の歩調が落ちる。それが、彼女を守った。
ぐらり。
突然、視界が上下に揺れた。目の前を巨大な岩に阻まれる。一瞬にして老人の姿が消え、周囲が黄土色の煙幕に覆われた。何が起こった? 少女は咄嗟に壺を守りうずくまった。土埃が激しくマナに襲いかかる。
「長!」
必死に声を張り上げるも、大地を震わす轟音に掻き消されてしまう。
岩屑流は全てを飲み込んだ。マナがあと一歩踏み込んでいれば、彼女も巻き込まれていただろう。
地響きが鳴り止み、辺りが完全な静寂に包まれたときには夜になっていた。長を探そうにもこの暗さではどうにもならない。しかし、たよりとなるものはあった。彼女は虹を探した。マナの眼前には岩石がうず高く積み上がり、行く手を阻んでいた。その中にマナは、一筋の虹が吸い込まれるのを見つけた。
「長!」
彼女は岩をよじ登る。虹の指し示す先を掘り進めた。爪は剥がれ、血が滲む。それでも彼女は手を止めなかった。大小様々の岩石が、ぼろぼろと彼女の側から溢れていった。不意に柔らかいものに手が触れる。長の右手が岩に埋もれていた。慌てて周囲を掘り返す。しかし、長の姿はない。突然抵抗がなくなり、長の右手が岩山からすっぽ抜ける。マナは勢い余ってのけぞり、すんでのところで留まった。右手は肘の手前で綺麗に切断されていた。拳を解くと、青い羽根がしっかりと握られていた。マナが長の右手を掲げると、乾いていたはずの血が手首から滴り落ち、空中に文字を書いた。
〈託した〉
それが、長の遺言だった。
オリベはそっと山岳を後にした。ここで蹴りをつけたかったが、運が少女に味方をしてしまった。
「後味悪いなあ……」
そうぼやくと彼は宵闇に紛れ風となった。彼は右腕を負傷していた。岩雪崩に巻き込まれたとき、自身の命がここまでだと悟った老人は咄嗟の判断を下した。羽根を握った右手だけはマナに引き継ぐこと、そして危害を加えた相手を呪い返すこと。彼は、岩雪崩を「攻撃」であると看破していたのだ。老人は自ら右腕を切断し、その腕に呪いを込めた。少女が腕を発掘した瞬間、オリベの元へ呪いが着弾した。紙一重で回避したが、少しでも対処が遅れていれば右腕の負傷どころでは済まなかっただろう。
「これじゃ、なんのためにわざわざ自然災害を装ったのか」
少女を傷つけることが気乗りしなかった。彼は、自身をどこにもいけない人間であると思い込んでいたが、あの少女にはまだ、どこへでもいける権利があると信じていた。再び道中にて少女を襲撃することは難しいだろう。最後に見た少女の顔は、打ち砕かれることのない不屈の意志を湛えていた。
「面倒な仕事、面倒な子ども、面倒な生、俺の嫌いなものたち……」
陰惨な表情のまま、オリベは風に運ばれていった。目指すは虹の始点、山を越えた先の高原である。
少女は一人、走っていた。右手に長の腕を聖火のように掲げ、空に軌跡を描いた。決して途切れることのない虹は、もうすぐこの国を包み込もうとしている。マナはこの儀式に、どのような呪術的意味があるのかは知らない。自分がこの世界に一体何をもたらそうとしているのか。しかしそんなことは今の彼女には関係のないことだった。彼女はただ、一族の遺志を継ぎ疾走する。紺碧が空気を撫で、溢れた光が虹を形作る。この虹は、消えることがない。決して。決して。
突如目の前が開けた。山岳地帯を抜けたのだ。彼女は立ち止まって地図を読む。この先に始点がある。ようやく辿り着ける。一族の綴った長い旅路。その先端に彼女がいた。羽根を水に浸し、少女はしばし物思いに耽る。夜明け前。大地も、草も、花も、岩も、木も、全てが寝静まり息を潜めている。新しい日の気配に恐れと期待の入り混じった静謐な興奮を湛え、銀色の世界は煌めいていた。一陣の風が吹いたかと思うと、広大な草原はひたと静止した。ひっそりと霜が降り始めた。彼女が歩を進めると、パキッ、パキッと密やかな音が返事をした。雪が積もり始める。気温は氷点下を下がり続けている。彼女は凍えながらも歩みを止めなかった。音のない世界だった。雪を踏む足音と、彼女の鼓動だけがこの世界で生きていた。暗く、孤独な旅だった。彼女の小さな足跡は雪にかき消え、後には一筋の虹だけが残された。
前方から光が差した。日の出だった。太陽の光を受け、大気がきらきらと輝いている。この世のものとは思えないほど美しい光景だった。少女は思わずため息を一つ漏らした。ため息は真っ白な煙となって高原に溶け出していった。視界の先に、鮮やかな光が見えた。
——始点だ!
思わず彼女は駆け出した。虹の筋が躍動する。獣のように疾駆し、高原を跳ねた。紫・藍・青・緑・黄・橙・赤。間違いない! 辿り着いた。マナは長の右手を回転させ、羽根の先端を地面へ向けた。そして、色の帯が一致するように、そっと虹の始点に塗り重ねた。ついにやった。成し遂げたのだ。彼女は自分が呼吸を止めていることに気がついた。片手で口を覆い、大きく息を吸うと、達成感と虚脱感でその場にへたり込んだ。
しばらく経ったが、何かが起こる気配はない。劇的な変化はそうすぐに起こらないだろうと言い聞かせるも、一抹の不安が彼女の頭を過ぎった。マナは結果を欲していた。長い旅路の果てを見届けたかった。日はすっかり高く昇っている。神々しいほどの寒さも薄れていた。旅をしながら紡がれ続けた一本の線は、ついに円となった。完成したのだ。彼女は虹の筋を見やる。そこで初めて、違和感を覚えた。もう一度、虹へと目を凝らす。マナは息を呑んだ。
虹の向きが違う!
彼女は確かに始点と終点の色を合わせて虹を繋げたはずだった。しかし目の前にある虹は、色の帯が捻れている。始点の虹は上が赤、下が紫。一方で、マナが繋げた虹は上が紫、下が赤。はっきりとした継ぎ目が見え、継ぎ目の色はばらばらだった。彼女は思い返す。あのときだ。彼女は羽根の先端を地面へと向けて虹を結合した。そのときに始点と終点で色の帯が逆転した。しかし、そのときは始点の虹も紫が上を向いていたはずだ。何かがおかしかった。
遠方に人影が見えた。
「あ……」
少女は、そこで明確に失敗を悟った。
そこからは早かった。彼女は衣服に隠し持っていた短剣を引き抜くと、自らの喉元に——
「おっと」
オリベは間一髪で少女の手を止めた。オリベが捻った少女の手首から短剣が零れ落ちた。
「これだから呪術師は。死なれちゃ何が起こるか分かったものじゃない」
少女は暴れ、オリベの拘束を解こうとした。何か喚いている。異国の言葉だった。
「早く殺せ! お前が何者であろうと、早く私を殺せ!」
オリベはため息をついた。魔術師である彼は、大して体術に心得があるわけではない。国境を縦横無尽に駆け回る強靭な少女を必死に押さえつけるだけで一苦労だった。
「俺はお前を殺さない。代わりにどうやったか教えてやる」
彼は、少女の言語で返事をした。マナは少しだけ大人しくなった。しかし、いつでも逃げ出せるよう警戒の糸は張り詰めたままだ。
「虹は、水の結晶に光が反射してできたものだ。一方で、氷晶に光が反射してできる虹もある。その虹は、色の並びが逆転することがある」
オリベが掛けた魔法は単純にして、強力なものだった。
減速魔法。
運動は緩やかに停滞し、大気は希薄になる。高原はかつてない寒さに覆われた。大気中の水分は氷結し、低い位置に顔を出した太陽がダイヤモンドダストを生み出した。ダイヤモンドダストを通した始点の虹は、その光を歪ませた。
「これでお前さんが、どうして虹を捻れた円で結んじまったのか分かっただろ。氷晶に反射した虹を見て色の向きを錯覚したんだ。そして、始点と終点が捻れた虹はメビウスの輪となった。そこには外側も内側も存在しない。つまり、幸福の均衡は保たれたまま。めでたしめでたし」
マナはじっと考え込んでいた。何かを差し出し、何かを受け取るということ。それが虹の理だとしたら、一族のしようとしていたことは……。マナは握られていた青い羽根を見た。役目を終えた羽根は、ぼろぼろに色褪せていた。
「……おい、お前。私はよくないことをしたか?」
マナにはもう抵抗する気力は残っていなかった。魔術師は興味を失ったように後頭部のあたりで手を組んだ。
「どうでもいいことだな、そんなことは」
彼は、溶け始めた雪を踏みしめ去っていく。少女は呆然と立ちすくんだ。大地はびちゃびちゃと濁った音を立て、草花は泥と混じり合う。数メートルほど行ったところでオリベは唐突に振り向いた。
「行くあてがないのなら来るといい」
マナは逡巡した。物心ついたとき、既に一族は旅の最中にあった。故郷を知らず、一族は滅亡し、目的も失った。
「何を差し出せばよい」
マナは問うた。男は、
「俺は何も受け取らない」
と返した。そのまま背を向けすたすたと歩いてゆく。
取り残された少女を、柔らかい日の光が照らしていた。風がそよぎ、草木の表面を露がなぞった。
どれほどの時間が経ったかは定かではない。国境沿いの虹は、いつまでも捻れたまま静止している。ときたま光に呼応し、ちらちらと揺れる。その光景を眩しそうに見つめると、やがて少女は、長の腕と青い羽根を地面に横たえた。そして、男の後をついて雪解けの道を歩き始めた。
(了)
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